第367話:「査問:4」

 ノルトハーフェン公爵・エドゥアルド。

 ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクト。

 ズィンゲンガルテン公爵・フランツ。


 タウゼント帝国に存在する5人の公爵の内、3人が集まった一室は、重苦しい沈黙に包まれていた。


 本来ならば、同じ皇帝に仕える臣下同士、和やかに会話などしていてもおかしくはなかった。

 しかし、この場にいる3人は、対立関係にある。


 複雑な関係だ。

 ベネディクトとフランツは次期皇帝位を巡るライバル関係にあり、本心では互いに憎み合っているのだが、今は共通の目的のために結託けったくしている。


 すべては、出る杭であるエドゥアルドを潰すために。

 自分たちが皇帝位を得るために、先手を打つために。

 ベネディクトとフランツは、一時の同盟関係にある。


 2対1。

 しかも相手は有力者。

 エドゥアルドにとっては不利な状況だったが、つけ入る隙はある。


(さて、いったいなにを査問されるやら)


 エドゥアルドは身体の前で腕組みをしながら、じっと、この査問会を仕組んだ張本人たちの様子を観察する。


 ベネディクトは、まるで眠っているように瞳を閉じている。

 おそらく瞑想めいそうでもしているのだろうが、あるいは、余裕ぶった態度を見せようとしているだけかもしれない。


 一方のフランツは、水差しからコップに水を注ぎ、先ほどから何度か口をつけている。

 その口元には不敵な笑みが浮かび、そして、こちらの方を時折、横目で観察している。

 どうやってエドゥアルドを言い負かしてやろうかと、手ぐすねを引いているようだった。


 空気が張り詰めている。

 ゾワゾワと肌が泡立つような緊張が、部屋の中に満ちていた。


「皇帝陛下のお出ましでございます! 」


 沈黙は、先ぶれとしてやって来た侍従長のその高らかな宣言によって打ち破られた。


 3人の公爵はすかさず立ち上がり、侍従長が姿をあらわした扉の方へ身体を向け、タウゼント帝国の皇帝、自分たちの主君を迎え入れる姿勢を整える。


 すぐに、カール11世がその姿をあらわした。

 白髪を長くのばし、顎鬚あごひげを整えた60代後半の皇帝は扉をくぐったところで立ち止まると、そこに集まった3人の公爵たちを見渡す。


 エドゥアルドが、ベネディクトが、フランツが、次々とこうべを垂れて行く。


 タウゼント帝国における皇帝は絶対の存在ではなかったが、それでもこの国家の元首であり、至高の存在だ。

 帝国に住む者は誰もが彼に敬意を示し、そしてそれは公爵であろうとも例外ではない。


「顔をあげよ。楽にして、腰かけるがよい」


 カール11世はうなずき、左手の手の平を見せながらそう言った。

 そして3人の公爵たちがそれぞれ顔をあげ、イスに腰かけるのを確認すると、カール11世は杖をつきながら自身のためだけに用意された玉座へと向かっていく。


 その顔色は、まだまだ健康的に見える。

 しかし70歳に達しようという年齢ですでにその背中は曲がり始めており、杖がなければ動き回ることは難しいような状態だった。


 このまま何もなければ、もうあと数年は健在だろう。

 しかし、その先はわからない。


(クラウス殿の策が成功して、お互いに争い合ってくれればな……)


 エドゥアルドは、ベネディクトとフランツが一瞬だけ鋭い視線を交わしたことを見逃さずに、密かにエドゥアルドに助力してくれているクラウスの行動が実ることを祈った。


 カール11世が杖をつく、カッ、カッ、という音が止む。

 付き添っていた侍従長が玉座を座りやすいように調整すると、カール11世はそこに腰かけ、身体を前かがみにして杖に体重をあずける姿勢を見せる。

 背筋をまっすぐにのばして腰かけていることは、すでに億劫おっくうなのだろう。


 エドゥアルドたちが固唾を飲んで見守っていると、カール11世はその視線をエドゥアルドへと向け、おもむろに口を開いた。


「ノルトハーフェン公爵、エドゥアルドよ。

 急な呼び出しにもかかわらず、よくぞ参ったな。


 自国のことでなにかと忙しいと聞いておる。

 我が命に従いすぐさま参上せしこと、大儀である」


「陛下の臣として、当然のことでございます」


 エドゥアルドはうやうやしくこうべを垂れる。


 カール11世は、昨年、サーベト帝国との戦争で勝利をおさめるまでは、取り立てて言及するほどの事績もない、凡庸な皇帝だった。

 内政においては帝国の旧来の制度をそのまま継承してそれを特に変えることもなく維持し、外政においては、3度の戦争を経験している。


 その3回の戦争の内、2回は敗北という結果に終わった。


 おそらく、サーベト帝国に対する勝利がなければ、歴史書においてカール11世の名は忘れ去られることとなるか、2度の戦争に敗北したという、不名誉な記録だけが残されていただろう。


 エドゥアルドや、その盟友であるオストヴィーゼ公爵・ユリウス、オルリック王国の王女・アリツィアのおかげで、カール11世は初めて、その事績として記す価値のある勝利を手に入れた。

 カール11世は、エドゥアルドたちに救われたのだ。


 しかし、だからと言ってエドゥアルドはカール11世に対し敬意を抱いていないわけではなかった。

 ノルトハーフェン公爵として実際に政務を取るようになって、既存のやり方を変えていくことの大変さを体験しているエドゥアルドだったが、同時に、古いやり方をそのまま維持し続けるという難しさも思い知らされているからだ。


 カール11世は、確かに平凡な皇帝だった。

 しかし、決して無能ではない。

 だからエドゥアルドは、臣下としての礼を失わなかった。


「うむ。殊勝な物言いであるな。


 この査問において、その言葉が誠であることが証明されることに期待しよう」


 そのエドゥアルドの態度に、カール11世は少しだけ微笑んでそう告げた。


 それは、エドゥアルドの査問がいよいよ始まるという、合図だった。

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