第366話:「査問:3」

 皇帝の侍従に案内されたのは、普段は皇帝が来賓などと会食をするために使われている部屋だった。

 本来であれば大きな長方形のテーブルとイスが並び、壁に様々な絵画が飾られた[もてなし]のための空間だったが、今は絵画をすべて外され、殺風景にされている。

 臨時の査問の場としてふさわしいように、厳粛な雰囲気を作るためだった。


 悠々10人は1度に腰かけられる大きさがあるテーブルの周囲にあるイスは、4つだけ。


 1つは、皇帝が腰かけるための、豪華な装飾品をまとった仮の玉座で、テーブルの一端に置かれ一目でそれとわかる存在感を放っている。

 そしてその左右には、玉座よりも一段劣るものの、貴人が座るのにふさわしい贅沢な作りのイスが、皇帝の斜め前、互いに向かい合うように配置される。


 エドゥアルドのためのイスは、皇帝の対面、テーブルのもう一方の端にあった。


 他のイスとは一転、質素な作りだ。

 もちろん、最上級の木材で、座り心地が良くなるように丁寧に作られ、クッションも十分にある、世間一般で見れば上質なイスなのだが、他のイスのような宝飾品の類がない。

 公爵を座らせるイスとしては、質素なものだった。


 まるで、「お前は査問を受ける立場なのだぞ」と言われているような気持になってくる


(まぁ、イスなどにさほどこだわりはないしな)


 エドゥアルドは自分が[特別扱い]されていることに内心で苦笑しつつ、深々とそのイスに腰かけた。

 イスなど、座り心地がよく、簡単に壊れない頑丈さがあればそれでいいと思うのだ。


「他の方々をお呼びしてまいります。

 皇帝陛下がお越しになるまで、しばらくお待ちくださいませ」


 エドゥアルドをここまで案内して来た侍従がうやうやしく一礼をして去っていくと、しばらくの間1人きりにされた。


 手持無沙汰になったエドゥアルドは、目の前のテーブルに置かれている水差しとコップに視線を向ける。

 この部屋には窓がなく外を見ることができなかったし、訪れる者の目を楽しませるための絵画などがすべて取り外されてしまっているため、他に見るべきものもないのだ。


 なかなか美しい水差しとコップだった。

 水差しは陶器でできており、表面には様々な動植物が描かれ、フタにはタウゼント帝国を象徴する黒豹パンターの置物があしらわれている。

 コップはガラス製だったが、いわゆるカットグラスで、全体にひし形の突起が刻まれ、頭上のシャンデリアのガス灯から降り注ぐ光を乱反射して美しい輝きを見せているのと同時に、手に持った時の滑り止めともなるように工夫された逸品だ。


「毒でも盛られると、そう心配されているのですかな? 」


 エドゥアルドが(こういった製品を僕の国でも作り、広く輸出できるようにするにはどうすればいいか)と、その製造方法について興味深く考え込んでいると、突然そう呼びかけられる。


 声のした方向を振り返ったエドゥアルドは、起立すると軽く会釈えしゃくをしていた。


「これは、ベネディクト殿。


 いえ、毒など心配してはおりません。

 ただ、この素晴らしい製品はどのように作られているのかと、僕の国でも生産するにはどうすれば良いのかと思案していたところです」


 エドゥアルドと同じように侍従に案内されながら姿をあらわしたヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトは、その言葉を聞くと「フン」と軽く鼻で笑った。


「エドゥアルド殿は、存外に貧乏性だな。

 わざわざ自分で作ろうなどとせずに、このようなもの、買えばよかろう。


 ノルトハーフェン公国の財力は潤っていると聞く。

 まさか実体は、そのような節約をせねばならないほどなのか? 」


「いえ、ご心配には及びません。

 ベネディクト殿のおかげもあり、相変わらず好調ですので」


 自国で作れる商品を増やし、他の類似品よりも品質を高く、そして低コストで製造して、安く大量に売りさばく。

 そうすることがノルトハーフェン公国の繁栄の源泉であるのだが、ベネディクトにはそういう、[自国で生産できる商品を増やして販路を広げる]という思考はない様子だった。


 それについて、エドゥアルドはとやかく言うつもりはない。

 元々ベネディクトのヴェストヘルゼン公国は山岳地にあり、鉱業とわずかな畜産業を主力としている国家なのだから、物を生産して売るという発想は生まれにくいのだろうし、わざわざそのことを教える義理もないからだ。


 ベネディクトは冷ややかな視線でエドゥアルドのことを一瞥いちべつした後、それ以上はなにも言わずに部屋の奥へと向かっていく。

 そして彼は玉座の右側に用意されていたイスに腰かける。


(やはりベネディクト殿が直接やって来られたか。

 とすると、もう1つのイスは……)


 自分と皇帝のため以外のイスが2つしか用意されていない。

 そのことからすでにわかってはいたが、やはりそうか、とエドゥアルドは内心で肩をすくめていた。


(黒幕自らご登場とは。……それだけ、本気、ということか)


 晴れてエドゥアルドは、軽視し得ない[何者か]になった。

クラウスの言葉が思い出される。

 光栄だと思う一方で、なんとも迷惑な話だった。


 ほどなくして、エドゥアルドの予想通りにズィンゲンガルテン公爵・フランツが侍従に案内されてやって来た。


「これは、エドゥアルド殿。

 そのイスの座り心地は、いかがかな? 」


 エドゥアルドに猫なで声でそう言う。

 嫌味だ。


「はい。なかなか快適でございます。

 さすがツフリーデン宮殿、良い家具をそろえております」


 ベネディクトを迎え入れた時と同じように立ち上がって会釈したエドゥアルドは、わざと満面の笑みを浮かべて見せる。


 おそらく、エドゥアルドのイスだけ質素なものにしたのは、ベネディクトとフランツの差し金なのだろう。

 そしてその目的は、エドゥアルドに少しでも不愉快な思いをさせることに違いない。


 そうであるのなら、わざわざ不満そうな顔を見せて、相手を喜ばせることもない。

 だからエドゥアルドは、笑って見せる。


 その表情を目にしたフランツは、それ以上は何も言わず、表情も変えずに、ベネディクトの対面に用意されたイスに向かい、それに腰かけた。

 エドゥアルドと同じように本心を隠したフランツだったが、おそらくは少年公爵の態度に不快感を覚えたことだろう。


(してやった)


 エドゥアルドは小さな満足感を覚えつつ、再び[特別扱い]のイスに腰かける。


 まだ、査問会は開かれてはいなかった。

 しかし、エドゥアルドと、策略を巡らせる2人の公爵の戦いは、すでに始まっているのだった。

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