第365話:「査問:2」
エドゥアルドが謀反を企んでいる、という噂を巡る査問会は、皇帝の宮殿の一画で開かれることとなっていた。
タウゼント帝国の制度にのっとった、公式の呼び出しではなく、あくまで皇帝が私的に呼び出したという形式で開かれる査問会だ。
その会場も、帝都に存在する裁判所などの公的な施設ではなく、皇帝の住居という、プライベートな場所が選ばれたのだ。
帝都・トローンシュタットは、タウゼント帝国の創成期からその首都とされてきた、歴史ある都市だった。
そしてその中枢たる宮殿も、長い年月の間に増改築をくり返され、巨大な施設となっている。
ノルトハーフェン公爵の居城でもあり政庁でもあるヴァイスシュネーも、タウゼント帝国で5指に入る有力諸侯の住まいらしく、壮麗だった。
その名、[
しかし、タウゼント帝国の宮殿、━━━ツフリーデン宮殿。
満ち足りた、喜び、といった意味を持つ皇帝の住まいは、段違いの規模を誇る。
ツフリーデン宮殿は、帝都・トローンシュタットの東側に建設された、巨大な建築物だ。
大きく分けて、帝国の
表の部分は、数百メートル四方もある広大な中庭を中心として、その周囲を皇帝が
どの建物も表面を漆喰で塗り固め、随所に装飾が施された壮麗な建物で、その場所を訪れる者たちを驚かせることができるよう、豪華絢爛に飾り立ててある。
それに対し、皇帝の居住区である裏は飾り気が小さい造りになっていた。
もちろんその内装はすべて帝国で手に入る限りの最上級品で
表と裏は、皇帝とその侍従たちしか通ることを許されない、[黒豹門]によって隔てられる。
タウゼント帝国の国章であり、その力と権威の象徴でもある[
(何度訪れても、ここは広すぎるな……)
ルーシェを残し、ヴィルヘルム、シャルロッテ、ミヒャエルを始めとする数人の供だけを引き連れて参上したエドゥアルドは、通された控え室の窓から宮殿の庭を眺めながら少し気が遠くなるような気持ちになっていた。
これほどの建築物を建てるために、いったいどれほどの資金がつぎ込まれ、何人の労働者たちが働くこととなったのだろうか。
その意図するところ、━━━訪れる者たちを驚かせ、タウゼント帝国という[権威]を、漠然とした想像ではなく目に見える形で思い知らせるというものは、見事なまでに達成されている。
実際、生まれて初めてこの宮殿に入ったエドゥアルドは、心底驚いたものだった。
しかし、小なりとはいえ一国の統治を行う身としては、ツフリーデン宮殿は[浪費]と思えてきてしまう。
皇帝の生活の場としては明らかに過剰な設備で、たとえば[裏]の部分だけにしてしまってもさほど不都合はないはずなのだが、ただ人々を驚かせ、タウゼント帝国の強大さを主張するための[表]の部分は、見栄で作られているとしか思えない。
政治・行政に関わる実用的な設備もあるが、それを豪華絢爛に作る必要はないと思うのだ。
タウゼント帝国の[政治]の一環として、確かにこうすることが必要とされたから、この宮殿が存在しているのだということは理解できる。
帝国とはこれほどのことができる国家であり、その定める法令に従い、納税などの義務を果たさなければならないと臣民に思わせ、諸外国にタウゼント帝国を敵に回すのは不利益だと理解させるためには、間違いなく有用な存在なのだ。
しかしエドゥアルドからすれば、同じ費用を別のモノ、もっと実質的な、経済力を向上させるための投資などに回しておけばよかったのではないかと思う。
国家の権威というのを実体として存在させるためには、この宮殿のように目に見える形で人々に見せつけるというのは効果のある手法だ。
しかしそういった飾りではなく、もっと実行力のあるモノ……、たとえば経済力、あるいは軍事力でも、国家の権威を生み出すことは可能なのだ。
限られた税収などをどう配分するか。
まだ公爵として政務を取り始めて数年しか経っていないが、そのことで散々悩んできたエドゥアルドからすれば、国家の権威を主張しなければならないのだとしても宮殿以外の方法を取るべきだと思えてしまう。
もし外国との関係が悪化し、国益を巡って戦わなければならないとなった時に威力を発揮するのは、軍事力と、それを支える経済力だからだ。
いざという時に、どれほど宮殿が壮麗であろうとも役には立たない。
豪華な建物でも、弾丸や砲弾は防げないからだ。
もちろん、ツフリーデン宮殿には実戦的な部分もある。
帝都・トローンシュタットを守る防衛施設の一部として機能するべく作られた宮殿の周囲は、皇帝を守るためという目的もあり、二重の城壁と堀を持つ。
加えて、銃や大砲が広く利用されるようになってからは
だが、やはりエドゥアルドには、このツフリーデン宮殿は[広すぎる]ものだった。
若きノルトハーフェン公爵が物思いにふけっていられる時間は、それほど長くはなかった。
ほどなくして、皇帝の侍従の1人が部屋を訪ねて来て、「これより査問が開かれます」と、エドゥアルドに知らせたからだ。
「承知した。すぐに参りましょう」
エドゥアルドはその言葉通り、間髪入れずにソファから立ち上がっていた。
ここに来るまでに、できるだけの手は打って来た。
様々な疑問が投げかけられることを想定し、ヴィルヘルムと何度も、様々な状況を想定したシミュレーションも行っている。
エドゥアルドは緊張していたが、不安や恐れは感じていなかった。
自分が積み重ねて来たものを信じて、後は前に進むだけだったからだ。
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