第364話:「査問:1」

 タウゼント帝国皇帝・カール11世。

 その臨席の下で行われる、ノルトハーフェン公爵・エドゥアルドの査問会。


 それを、明日の午前中に開催する。

 その知らせは、エドゥアルドたちが帝都・トローンシュタットへと到着したその日の晩にもたらされた。


「明日、というのは、意外だったな」


 査問会の開催日程を伝えに来た使者に対し、「承知したと、陛下に伝えて欲しい」と返答をして帰らせた後、エドゥアルドは少し困った顔でそうぼやいた。


 無実の罪で査問にかけられる。

 こんなバカげたことは早く終わって欲しいとそう思ってはいたが、まさか、到着したその翌日から始まるとは思っていなかった。


 もっと、帝都での最新の政治情勢などを調べる時間があると思っていたのだ。


 エドゥアルドが謀反を企んでいる。

 そんな根も葉もない噂は少しでも早く打ち消したいと急いでやって来たから、エドゥアルドたちは帝都・トローンシュタットの政治情勢を詳しくは知らない。

 事前に、前オストヴィーゼ公爵・クラウスから、これが出る杭であるエドゥアルドを潰しておくためのベネディクトとフランツの陰謀であると教えられてはいるものの、帝都でエドゥアルド謀反の噂がどの程度広まっているのか、ベネディクトとフランツ以外では誰が、どの程度この陰謀に関わっているかはまだ明らかではない。


 クラウスが、陰謀を企む2人の公爵を手玉に取る対抗策を取ってくれることにはなっているものの、その効果が表れるまでエドゥアルドは自分の身を守らなければならない。


 エドゥアルドが対峙することとなる[敵]とはどんな存在なのか。

 それを知らなければ、対策など立てようもなかった。


「大丈夫です、公爵殿下。

 皇帝陛下がご臨席なのです。

 もし殿下が窮地きゅうちに陥ったのだとしても、陛下がきっと助けてくださいます」


 悩ましそうにしているエドゥアルドに、ヴィルヘルムが励ますような口調でそう言う。


「確かに、陛下に臨席していただけるのは心強いが……」


 しかし、エドゥアルドの表情は晴れない。


 カール11世は、自分に好意を持ってくれている。

 そのことは、エドゥアルド自身もなんとなく自覚していることだ。


 それはかつて、エドゥアルドの父、先代のノルトハーフェン公爵が、カール11世が起こした戦争によって戦死してしまったことに始まる感情だった。

 元々カール11世にはエドゥアルドに対して負い目があり、そのことで、いろいろと目をかけてくれていたのだ。


 今は違う。

 アルエット共和国への出兵、そしてサーベト帝国との戦争でエドゥアルドは戦果をあげ、そして国内では他の諸侯とは異なった手法で政治・行政をあらため、成果をあげている。

 そのエドゥアルドの才能と実力を、カール11世は高く評価してくれている。


 だからこそ、エドゥアルド謀反、という噂が広まり過ぎない内に対処できるよう、今回の査問会を開いてくれるのだ。

 カール11世はエドゥアルドの味方であると見なしてもいいだろう。


 しかし、あまり露骨ろこつにエドゥアルドを擁護ようごすることもできないだろう。

 皇帝臨席の査問会であまりエドゥアルドをひいきすれば、皇帝は不公平だと思われるのに違いないからだ。

 タウゼント帝国の皇帝が世襲制の絶対権力ではなく、多くの諸侯の支持の上に乗っかっていることを考えると、カール11世にはそんなことはできないはずだった。


 困っているエドゥアルドの様子を見ていたヴィルヘルムとシャルロッテが、一瞬だけ、お互いの視線をかわす。

 というのは、2人はカール11世がエドゥアルドに対して持っている[期待]は、エドゥアルド自身が思っているものよりもずっと強いことを知っているからだ。


 しかし、皇帝からエドゥアルドに託された手紙は、[その時]が来るまで決して存在を知られてはならないことになっている。

 だから2人は視線を元に戻しても、黙っていることしかできなかった。


「エドゥアルドさまは、堂々としていらっしゃれば良いのです! 」


 なにも言えない2人に代わって明るい声でそう言ったのは、ルーシェだった。

 彼女はぐっと両手でガッツポーズを作り、自信満々な笑顔で断言する。


「だって、エドゥアルドさまはなにも悪いことなどしていらっしゃらないのですから!

 謀反なんて、根も葉もない噂じゃないですか!


 エドゥアルドさまは、私たち民衆の暮らしを良くしてくださっています。

 たくさんの人が新しいお仕事について、きちんと服を着て、ご飯を食べて、屋根の下で眠ることができるようになりました。


 戦争でも、皇帝陛下のために活躍されています!


 もう、そんな自分を疑うとは何事だ! って、ビシッと言ってしまえば、みんな黙るしかないのです! 」


 そのルーシェの言葉は、演技ではなさそうだった。

 エドゥアルドの行いの正しさを心の底から信じ切っている。

 そして、自分のことのように誇らしく思っている。


 ルーシェから向けられる厚い信頼に、エドゥアルドは苦笑するしかなかった。


(ルーシェの言う通りになったら、どんなに楽だろうにな……)


 そう願うのだが、しかし、それが叶うことはない。

 なぜなら、エドゥアルドの[敵]たちは、彼を潰すという目的のためにあらゆる手段を尽くすだろうからだ。


 いくら正しい理屈を見せたところで、そういう目的がある以上、相手は手を変え品も変え、エドゥアルドを攻撃し続けるのに違いないのだ。


「ああ、ルーシェ。

 堂々としていることにするよ」


 しかしエドゥアルドは、ルーシェにそう言って微笑みかけていた。

 彼女が向けて来る信頼が純粋に嬉しかったし、自身がこれまでにしてきたことはすべて、自分がそうするべきだと考えて行ってきたことなのだ。

 相手が正論を聞いたところで引き下がることはないとはわかってはいるが、エドゥアルドにも譲れない信念がある。


「はい! 頑張ってくださいね、エドゥアルドさま!

 私、応援してますから! 」


 ルーシェは、屈託なく笑う。

 彼女の真っ直ぐな感情は、今のエドゥアルドにとって一番の支えだった。

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