第363話:「巣窟:2」

 早朝に出発したエドゥアルドたちは、正午過ぎに帝都・トローンシュタットへ入っていた。

 そしてそのまま、帝都での滞在中の宿泊場所として事前に確保しておいたホテルへと向かう。


 以前、サーベト帝国との戦争に勝利したことを記念して開かれた凱旋パレードと戦勝パーティに参加した際に宿泊したのと同じホテル、同じ部屋を取ってある。

 エドゥアルドのような貴族や裕福な者たち向けに作られたそのホテルは、内装が充実しているだけではなく、警備体制も十分に備わっており、いつ始まり、いつ終わるとも知れない査問を受ける間の滞在先として望ましい場所だった。


 見覚えのある部屋に入ったエドゥアルドは、すぐに衣装を整えた。

 皇帝・カール11世に、帝都に到着したことを報告するために宮殿に出向かなければならなかったからだ。


 随行するのは、御者のゲオルクとブレーンのヴィルヘルム、そして警護の兵士たち。

 2人のメイド、シャルロッテとルーシェとは別行動になった。


 ルーシェが残るのは、彼女がメイドだからだ。

 査問が長引き、ホテルでの滞在が長引くことに備えて、彼女はエドゥアルドの私物を荷ほどきし、部屋を使いやすいように整えておくという、メイドらしい仕事を任されている。


 シャルロッテは、そうではない。

 ホテルをチェックし、本当にそこが安全なのかどうかを確かめる、という使命を任されている。


 以前宿泊したことのあるホテルを選んだのは、そこがエドゥアルドのようなVIP向けのサービスを行っているからだった。

 ホテルの側が雇った警備の人員も多く詰めているし、客人たちに様々なサービスを提供する使用人たちもたくさんいて、しかもみなそれぞれの仕事に手慣れている。


 基本的には、ホテルにいる限りは安全であるはずだった。

 トローンシュタットはタウゼント帝国の帝都でもあり、ホテルの外もよく治安が保たれていたから、二重に安心できる。


 しかし、今回エドゥアルドが帝都に出向いて来たのは、自身を陥れようとする陰謀が進められているためだった。

 そしてその陰謀を企んでいる張本人、ベネディクト公爵とフランツ公爵はエドゥアルドに先んじてここにいる。


 いったい、どんな罠をしかけられているか。

 警戒するのに越したことはなかった。


 そしてその危惧は、当たっていた。


「どうやらホテルの従業員たちの中に、相手方の息がかかった者たちがいるようです」


 皇帝への挨拶を終え、ねぎらいの言葉を受けて帰って来たエドゥアルドたちに、シャルロッテが淡々とした口調でそう言った。


「息がかかった者たち……。

 ホテルでの僕の行動は、筒抜けになるということか」


「はい。そのようにお考えいただければと」


 少し驚いているエドゥアルドに、シャルロッテはうなずいてみせる。


「特に、ルーシェ」


「……わっ!? えっと、私ですか!? 」


 唐突に呼びかけられたルーシェは、エドゥアルドのためにコーヒーを用意していた手を止めてきょとんとした顔をする。

 するとシャルロッテは、「一番心配です」と言いたそうな視線で軽くルーシェのことをねめつけた。


「ルーシェ。あなたはいつも公爵殿下のお側に仕えておりますよね。

 つまり、殿下のお考えをもっとも近くで、もっとも詳しく見聞きしているということです。


 殿下の動向を探ろうと思えば、まず間違いなくあなたは狙われるでしょう」


 その指摘に、ルーシェは恐れおののいて表情を青ざめさせる。

 ただのメイドに過ぎない自分が狙われることになると聞いて、ショックだったのだろう。


「もしかして、それで……」


 そして彼女には、すでに思い当たるところがあるようだった。


「なにかあったのですか? でしたら、包み隠さずご報告なさい」


「いっ、いえ、その、お部屋の準備をしている際に、ホテルの方が何人かいらして、お手伝いさせてくださいって。

 ちょっと、しつこかったのですけれど、これは私のお仕事だからって、帰っていただいたのです」


 どうやらベネディクト公爵とフランツ公爵の魔の手はすでにここまで及んでいたようだったが、偶然、ルーシェのメイドとしてのプロ意識が、敵の潜入を未然に防いでくれたらしい。


 するとシャルロッテは、呆れと安心の入り混じったため息を吐く。

 ルーシェが情報漏洩じょうほうろうえいを未然に防いだことは良いことなのだが、これからはもっと自分が国家機密に触れる立場にいるのだという自覚を持って欲しいと考えている様子だった。


「ルーシェ。

 おそらくホテルの中にいる分には問題ないでしょうが、もしホテルの外に出る場合は、どなたか、警護の兵士の方と一緒に行動しなさい。

 ホテルの中で荒々しいことはされないでしょうが、街の中では危険があります」


「わ、わかりました!

 私、ホテルの中にいようと思います! 」


 自分も狙われる可能性があると知って、ルーシェはうんうんと、決意のこもった真剣な表情でうなずいていた。


「それと、公爵殿下。

 壁にのぞき穴が開いております」


 それからシャルロッテは、イスに腰かけているエドゥアルドの前にあるテーブルにどこにのぞき穴があるかを分かりやすく部屋の間取り図に書き込んだメモを差し出す。

 調査によって判明した、エドゥアルドの行動を監視するためののぞき穴の位置を書き記したもので、どうやら発見できているだけで3か所もあるとのことだった。


「以前こちらのホテルに宿泊した際にはなかったものです。

 従業員の幾人かが、買収されたか、なんらかの方法で無理やり協力させられている様子でございます」


「まるで針山の上に座っている気分だ」


 そのメモの内容をさっと確認したエドゥアルドは、顔をしかめた。

 そして、1秒でも早く査問会が開かれることを祈った。


 査問会が開かれ自身の身の潔白を証明し、クラウスがうまくことを運んでくれれば、エドゥアルドはこんな場所から出て行くことができるからだ。


 そして、査問会が早く開かれるようにという願いは、エドゥアルドたちが思っているのよりも早く叶うこととなった。

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