第361話:「策略には策略を:2」

 エドゥアルドを陥れようと画策している2人の公爵、ベネディクトとフランツ。

 そのどちらかではない。

 両方を手玉に取れ。


 そう言ったクラウスは、エドゥアルドがどんな答えを導き出すのかを興味深そうに見守っている。


 できれば、よい答えを導いてみせて、クラウスの期待や好意を無下にしたくない。

 そんな思いで考えを巡らせていたエドゥアルドだったが、ほどなくしてしかめっ面を作った。


 答えがわからなかったからではない。

 おそらく[正解]であるその回答が、エドゥアルドの性格からしてあまり好ましくはないモノだったからだ。


 だが、エドゥアルドはそのまま黙っていることはできなかった。

 クラウスだけではなく、その場にいる全員がどんな答えが導き出されるのかに注目しているからだ。


「クラウス殿、まさか……。

 ベネディクト殿とフランツ殿、その両方に僕のことを売り込め、と? 」


 あまり気乗りしない様子でエドゥアルドが言うと、クラウスはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、満足そうに「その通りじゃ! 」と言って自身の膝を手で叩いた。


「もちろん、実際にどちらかに味方せんでもかまわんのじゃ。

 先方が提示した条件のうち、より良い条件を示したどちらか一方に味方する。

 そうにおわせるだけで、たちどころに問題は解決するであろう! 」


 クラウスが言わんとしていることは、エドゥアルドにも理解することができる。

 今はたまたま、[出る杭]であうエドゥアルドを潰しておきたいという思惑が一致しているから手を組んでいるものの、ベネディクトとフランツは本来、次期皇帝位を巡るライバル関係にある。


 もしエドゥアルドを味方につけることができれば、彼と懇意こんいの関係にある諸侯の票もごっそり転がり込んでくることとなる。

 そうなれば、皇帝という地位につける可能性はぐっと大きくなるのだ。


 エドゥアルドが自分を悪く言う噂を流すのをやめてくれれば味方すると、そうにおわせるだけでも、2人の公爵は食いついてくるはずだった。

 そうなれば謀反などというあらぬ噂を流すことはなくなり、エドゥアルドと彼に付随ふずいしてくる票を1つでも多くするために、流された噂はそれを流した張本人たちの手によって打ち消されていくだろう。


 だが、エドゥアルドはそういう理屈を理解できても、浮かない顔だった。


「しかし、そんなにうまくいくのでしょうか?

 それに……、なんだかそれは、あまりいい気分がしません」


 ベネディクトとフランツ、そのどちらにも味方する用意があることをちらつかせる。

 そんなどっちつかずの態度を取って自身の利益を引き出そうというのは、卑怯な気がするのだ。


「なにを言う、エドゥアルド殿。

 先に策略をしかけてきて、貴殿にありもしない汚名を着せたのはベネディクト殿とフランツ殿じゃ。


 逆に手玉に取ってやれば、意趣返しもできてちょうどいいじゃろうが。


 それに、これからもノルトハーフェン公爵としてやっていくつもりであるのなら、これくらいの駆け引きは当たり前にできるようにならんといかんぞ」


 自身の気質から陰謀を実行することに後ろ向きなエドゥアルドに、クラウスはしかりつけるような口調で言う。


「それは、そうなのでしょうが……」


 しかしエドゥアルドは、前向きな気持ちにはなれなかった。


「おーおー、なにを今さら。

 わしの大事なせがれの義兄弟ともあろうお方が、情けないことを言わんで欲しいものじゃ」


 するとクラウスは呆れた声を出し、エドゥアルドを挑発する。


「貴殿、すでに後ろ暗いことをしてきておるじゃろ?


 たとえば、エドゥアルド殿の宰相をしておるエーアリヒ準伯爵。

 準伯爵はかつてお主から公爵位を簒奪さんだつする陰謀を企てておったのに、貴殿はその罪をすべて不問にしてしまったではないか。


 いったいなんのために[正義]を捻じ曲げたのか?

 エーアリヒ準伯爵の行政能力が必要だったからではないか。


 もう1人の陰謀の首謀者、フェヒター準男爵もしかりじゃ。

 準男爵は貴殿を殺そうとまでしおったのに、今では罪を許され、従兄弟として扱われておる。


 いくらノルトハーフェン公爵家の血筋に連なる者で、エドゥアルド殿以外にはフェヒター準男爵しか血縁が残っておらんからと言って、ずいぶん寛大な処遇をしたもんじゃのう。


 そもそも、エドゥアルド殿。

 フェヒター準男爵からの襲撃を撃退し、手勢を率いてヴァイスシュネーに進撃をした時、兵たちの前で宣言したではないか。


 罪がある者は必ずそれを明らかにして罰する、と。


 ちーっとも、やっとらんではないか!


 な~んでかの~? 」


「わかった、わかりましたよ、クラウス殿!


 すべて、クラウス殿のおっしゃる通りにします! 」


 エドゥアルドはたまらず、降参する、という風に用手をあげていた。


 エーアリヒを許したこともフェヒターを生かしたことも、すべて「必要だ」と思ったから実行したことだ。

 だが、エドゥアルドが兵士たちの前で誓った言葉を実行しなかった、という事実は揺るがない。


 そのエドゥアルドの言葉を聞いた者は決して少なくはなかったが、なにも言わないのは、エドゥアルドが良き公爵となるべく努力をし続け、そしてその判断によって成果をあげているからだ。

 決して、エドゥアルドの言葉を忘れたからではないはずだった。


「ま、エドゥアルド殿は、皇帝陛下の御前でどんな受け答えをするかにだけ専念しておればよい。

 ベネディクト殿とフランツ殿については、わしが手を貸して差し上げるからの。


 ……おっと、ヴィルヘルム殿とシャルロッテ殿のお力も借りるがの」


 自身の弁舌を前にすっかり参ってしまったエドゥアルドの様子に満足そうな笑みを浮かべながら、クラウスはそう言うと、かっかっか、と高らかに笑うのだった。

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