第360話:「策略には策略を:1」
エドゥアルドについて悪い噂を流した張本人たち手で、それを打ち消させる。
ルーシェの言うとおり、エドゥアルドがその立場を鮮明にし、ベネディクトかフランツ、そのどちらかにつけば、確かに実現できるかもしれなかった。
皇帝選挙では、基本的にどのような爵位にあろうとも、1人1票だけの投票となる。
だが、有力諸侯の1つであるノルトハーフェン公爵を味方とすることができれば、それと友好関係にある諸侯からの票もごっそり得られるかもしれないのだ。
皇帝選挙の投票は、投票権を持った選帝侯たちそれぞれが決める。
しかしその投票行動には、諸侯の様々な思惑、そして力関係が強く作用する。
たとえばエドゥアルドがフランツとベネディクト、どちらかに投票するように友好関係にある諸侯に求めたとしよう。
そうなれば、今後もノルトハーフェン公国との友好関係を維持していこうと考える諸侯はみな、その求めに応じるのに違いなかった。
エドゥアルドを味方とすることができれば、少なくない数の投票を獲得できることとなるのだ。
そして、投票してくれるのならば、影響力は大きい方がいい。
影響力が大きければ、より多くの諸侯がエドゥアルドの味方した相手に投票権を行使することとなるはずだからだ。
だからエドゥアルドがベネディクトとフランツのどちらを支持するのか明らかにすれば、支持された方の公爵はエドゥアルドにとって不利となるような噂を流すことは止めるだろう。
そして自らの有する諜報網を駆使して、広まってしまったエドゥアルドの悪評を打ち消そうとするはずだった。
(正直、どちらも支持したくなどないのだが……)
ルーシェの考えになるほどと感心しつつ、エドゥアルドは渋面を作り、身体の前で腕を組んで黙り込む。
そもそもエドゥアルドが皇帝位を巡る争いで中立の立場を取ろうとしたのは、その争いに巻き込まれずに自分のやりたい仕事に専念するためだったが、個人の好みとしてどちらの公爵も好きになれないという理由もあった。
ベネディクトは、サーベト帝国との戦争の際、ライバルであるフランツを蹴落とすために熱心に工作し、ズィンゲンガルテン公国を疲弊させるために戦争を長引かせようとした。
それは皇帝になるためと思えば理解できる態度ではあったが、サーベト帝国軍によって包囲されていた都市、ヴェーゼンシュタットの民衆を苦しめることと引きかえであった。
大勢の民を苦しめているというのに、ベネディクトには少しもそれを悪いことだと思っている様子がなかった。
武断的な気風を持つベネディクトは、質実剛健をよしとするエドゥアルドからすると共感できる部分もある人柄だったが、このヴェーゼンシュタット攻防戦の際の態度は決定的に受け入れがたいものだった。
平然と民衆を苦しめることのできるベネディクトには、皇帝になって欲しくなどない。
一方のフランツのことも、エドゥアルドは嫌いだった。
彼はサーベト帝国との戦争ではベネディクトの工作によって追い詰められた被害者ではあったものの、タウゼント帝国で長く続いて来た貴族社会のやり方にどっぷりとつかっているフランツの在り様は、そもそもエドゥアルドとは相性が悪かった。
それに、民衆を省みないという点では、フランツとベネディクトはまったく変わりがなかった。
エドゥアルドたちの活躍のおかげでかろうじてサーベト帝国軍の包囲を撃退し、自国を守り切ったフランツだったが、フランツは傷ついた自身の軍隊を補強するためにかなり強引な手法を取っている。
人々を無理やり徴兵し、強引に軍隊を再建しているのだ。
徴兵なら、エドゥアルドも実施している。
しかしそれは長期的な見通しを立て、戦時に大軍を編制するために大勢の予備役を確保するという目的で行われているもので、ノルトハーフェン公国の経済やそこでの暮らし向きへの影響はなるべく小さくなるように考えながら行っていることだ。
だがフランツの徴兵はやり方が乱暴だった。
ラパン・トルチェの会戦での大敗北に加え、自国の首都が戦火に見舞われたことにより傷ついた戦力を回復するために、フランツは長期的な見通しもなくただその場の兵力を確保するための徴兵を行っている。
兵士になれる人間であれば、その者自身や家族の生活のことなど考えずに徴兵し、逆らえば武器を突きつけて無理やり連行しているという話だ。
これでは、制度としての徴兵ではなく、人狩りと同じだ。
実際、ズィンゲンガルテン公国の民衆は、戦災からの復興よりも、皇帝選挙に向けて自身の力を回復させようと
ベネディクトにしろ、フランツにしろ、皇帝として、自らの主君としていただきたいとは、少しも思えない。
それに、ルーシェの考えには足りない部分もあった。
ベネディクトとフランツ、一方を支持すれば、支持を得た方は確かにエドゥアルドを守ろうと動いてくれるはずだ。
しかし支持を得られなかった方は、これまでよりもますます熱をあげてエドゥアルドを
エドゥアルドを叩いてその力を失わせれば、その分、皇帝選挙のライバルが得る得票を削ることができるからだ。
「ふぅむ。半分正解、といったところじゃな、メイド殿」
おそらく出題の模範解答に放っていないだろうということをエドゥアルドが指摘するよりも早く、クラウスが感心した声でそう言った。
「ぁぅぅ、ダメ、ですか……」
半分正解という言葉に、ルーシェは残念そうにうなだれる。
エドゥアルドの役に立ちたかったのにと、そう思っている様子だった。
「いやいや、なかなかいい線いっとるよ?
お主、気が利くし、なかなか知恵もあるようじゃ。
確か、たまにヴィルヘルム殿から学問も習っておるんだったか? 」
「はい。なかなか優秀な生徒です」
クラウスの確認の言葉に、すかさずヴィルヘルムがうなずく。
「半分正解……」
その様子を眺めながら、エドゥアルドは再び考え込む。
半分は正しいというのなら、残りの半分を考えれば正解にたどり着くことができる。
「エドゥアルド殿。こと、貴族社会で生き残っていくためには、正々堂々と、などと考えてはいかんのじゃよ。
策略には、策略を。
どっちか、などと言わずに、ベネディクト殿とフランツ殿を手玉に取ってやるのじゃ」
そんなエドゥアルドに、クラウスは楽しそうにそう言った。
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