第359話:「火中へ:2」
エドゥアルドが謀反をしようとしている。
人々の間に広められてしまった噂を、それを流した張本人たちの手で打ち消させる。
確かに、それで噂を打ち消すことは可能だろう。
元々ありもしない噂を広めることができたのだから、その逆だってできるはずだ。
しかし、エドゥアルドはいぶかしんでいる顔でクラウスの不敵な笑みを見つめ返していた。
相手にその能力があることは疑いなかったが、問題なのはそれを実行する意思があるかどうかだ。
出る杭であるエドゥアルドを潰しておこうと噂を流したというのに、陰謀を実行している者たちが自発的にそれを打ち消そうとするとは思えない。
「せっかくじゃ、エドゥアルド殿。
どうすれば噂を流した張本人たちの手によってそれを打ち消すことができるのか、方法を考えてみなされ」
「ム……」
クラウスのいたずらっぽい口調の言葉に、エドゥアルドは顔をしかめる。
目の前にいる隠居はにこにこと楽しそうに笑っているが、こちらのことを試そうとしているのだ。
ちらり、とエドゥアルドはヴィルヘルムへと視線を向ける。
するとそこには、いつものように柔和な笑みを浮かべている、優男風のハンサムな顔がある。
ヴィルヘルムはエドゥアルドの助言者として、ブレーンとして仕えている臣下だった。
その生い立ちは未だに不明ではあったが、彼は明晰な頭脳と豊富な知識を持っている。
なにか、ヒントだけでももらえれば。
そうエドゥアルドは思っていたのだが、しかしヴィルヘルムはなにも言わなかった。
その表情からは彼がなにを考えているのかは計り知れなかったが、おそらくはクラウスがどういう手段を考えているのか、ヴィルヘルムのことだから見当がついているはずだった。
それなのに黙っているのは、クラウスの興を削がないためか、それとも、ヴィルヘルムもエドゥアルドのことを試そうと思っているのか。
あるいは、エドゥアルドの学問の師として、テストでもしようと考えているのかもしれなかった。
なんにせよ、ヴィルヘルムには頼れない。
そう理解したエドゥアルドは、次に、いつでも用事に対応できるように近くにひかえている赤毛のメイド、シャルロッテへと視線を向けた。
彼女もヴィルヘルムと同じく反応を見せない。
公爵家のメイドらしいすました態度で背筋を美しくピンと伸ばして、静かにひかえているだけだ。
メイドの自分が口出しをするようなことではないとわきまえているのだろう。
考えを巡らせながらエドゥアルドは視線をさまよわせる。
その時ふと、ルーシェがソワソワしていることに気がついた。
彼女はクラウスの食事の後片づけをし、食後のコーヒーを準備してテーブルの上に並べているところだったのだが、エドゥアルドの方をちら、ちら、と何度も見ていた。
「どうしたんだ? ルーシェ。
なにか、言いたいことでもあるのか? 」
そんなメイドの様子をいぶかしんだエドゥアルドは、思わずそうたずねてしまっていた。
「あっ、はいっ!
……いえっ、そのっ、なんでもなくてですね!」
するとルーシェは一度うなずいたものの、すぐにツインテールを揺らしながら首を左右に振って見せる。
あからさまにごまかそうとしている態度だった。
「遠慮しなくていい。
なにかあったのなら、言ってくれ」
クラウスが出した問題への回答を見つけられずにいたエドゥアルドは、特に期待しないでルーシェにそう言っていた。
「えっと、その……、では、申し上げさせていただきます。
エドゥアルドさまの悪い噂を、それを流した人たちに打ち消させる方法って、もしかすると、ベネディクト公爵さまとフランツ公爵さまを仲間割れさせるのではないでしょうか? 」
「仲間割れ、というと? 」
エドゥアルドを陥れようとしている者たちを、仲間割れさせる。
陰謀押しかけて来た側に陰謀をしかけ返そうというルーシェの言葉に、エドゥアルドは思わず続きを述べるようにうながしていた。
ヒントになりそうな意見だったら、今は何でもありがたかったからだ。
「ベネディクト公爵さまも、フランツ公爵さまも、元々は次の皇帝位を巡ったライバル関係ということでしたよね?
とっても仲が悪くて、お互いの足を引っ張り合っていたというのは、ルーも存じ上げています」
エドゥアルドだけではなく、その場にいた全員から注目されたメイドは、給仕する手を止め、恥ずかしそうにしながらも言葉を続ける。
なぜなら、そうせよとエドゥアルドから命じられているからだ。
「そのお2人がエドゥアルドさまを陥れようとしているのは、エドゥアルドさまも皇帝位を狙っていると、そう勘違いされたからなんですよね?
それで、勘違いをした理由は、エドゥアルドさまが皇帝選挙に関与なさろうとせずに、中立の立場を取られていたから。
だったら、エドゥアルドさまがどっちつかずの態度を変えてしまって、ベネディクトさまかフランツさま、どちらかを支持することにすればよいのではないでしょうか? 」
「僕が、ベネディクト公爵かフランツ公爵か、どちらを支持するのかはっきりさせる……? 」
エドゥアルドはルーシェの言葉に眉をひそめていた。
それは今まで考えても見なかったことだったし、どちらにもつきたくはないと、そう思って避けてきたことだったからだ。
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