第357話:「出る杭:3」
ほどなくして、エドゥアルドとクラウス、ヴィルヘルムの3人が囲んでいるテーブルの上に、ルーシェが用意した夕食が並んだ。
メニューは、タウゼント帝国でよく食べられている具だくさんのスープ、アイントプフに、拳ほどの大きさの白パン、塊のチーズ、そして赤ワイン。
高位の貴族に出す夕食としては簡素なものだったが、陶器製の器と銀製の食器が使われ、品よく並べられている。
「急なお越しでしたので、このようなものしかご用意できず、申し訳もございません」
「いやいや、かまわん、かまわん。
わしゃもう隠居の身の上じゃし、食べさせてもらえるだけで十分じゃよ」
恐縮して頭を下げるルーシェに、クラウスは好々爺のような人当たりの良い笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振って見せる。
「では、さっそくいただくとするかのぅ。
エドゥアルド公爵、失礼するぞい」
「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
エドゥアルドがはっきりとうなずくのを確認すると、クラウスは早速、食事に手をつける。
「ん! これは、普通のアイントプフとは違うのぅ」
さっそく一口スープを口にしたクラウスだったが、彼は驚いて目を見開いていた。
「お、お口に合いませんでしたでしょうか!? 」
その様子に、ルーシェが慌てて頭を下げる。
「いや、そんな、心配せんでよいよ。
マズい、のではなく、うまいんじゃ」
そう言ってクラウスはルーシェに頭をあげさせると、早いペースでスープを食べ進めていき、「おかわりはあるのかの? 」と、遠慮するそぶりをまるで見せずに頼み込む。
「しかしこれ、確かにアイントプフじゃが、ずいぶん良い味をしておるの?
いったい誰が作っておるんじゃ? 」
「えっと、私です。
実は、警備の兵隊さんたちのために夜食で作っておいたものをご用意させていただいたのです」
皿にお代わりのスープを盛りつけているルーシェにクラウスがなにげなくたずねると、彼女は恥ずかしそうにわずかに頬を染めた。
自分が作った食べ物をうまいと言ってもらえて、嬉しそうだった。
「なに? 兵士たちにこれほどのものを食べさせておるのか?
ずいぶん良い材料を使っておるのに? 」
「これは、以前からの習慣なんです」
また驚いた顔をしたクラウスに、今度はエドゥアルドが答える。
昔を懐かしんでいるような表情だった。
「僕がまだ公爵として政務を取れていなかった時、警護の兵士たちを少しでもねぎらってやれればと、そして実権を持たない僕のために真剣に働いてもらえるようにと、ルーシェが夜食にスープを作ることを始めたんです。
以来、毎日ではありませんが、機会があればこうしてスープを振る舞ってくれています。
せめて、僕の警護をしている兵士たちには気力のつくものを食べさせてあげたい、と。
聞くところによると、味の決め手はフォン(西洋風のだし汁のこと)と、オストヴィーゼ公国産のソーセージなのだとか」
「ほぅ、どうりで奥深い味だと思ったわい。
それにしても、部分的にとはいえ、兵士にもこれほどのものを食べさせておるとはのぅ……」
クラウスはエドゥアルドの言葉ににこやかにうなずきながらも、内心は穏やかなものではなかった。
(ノルトハーフェン公国軍の兵士は、エドゥアルド公爵のためにならばと、さぞやよく働くであろうな)
エドゥアルドに率いられたノルトハーフェン公国軍は、これまでいくつもの武勲をあげている。
その理由の1つがわかった気がしたからだ。
軍務についている兵士たちにとって、食事は数少ない楽しみの1つだった。
もし十分に食べさせることができなければ兵士たちは満足に戦うことなどできないし、脱走者を出すことや、最悪、反乱という事態にもつながりかねない。
ただ量を与えればいいというモノではない。
主食となるパンを始め、肉、そして酒などをできる限り用意し、兵士たちの胃袋を満たすのと同時に楽しみを与えなければ、兵士たちの能力を十分に引き出すことはできないのだ。
クラウスのオストヴィーゼ公国でも、食事には気を使っている。
十分に食べさせるだけではなく、質にも注意を払うよう、クラウスは跡継ぎのユリウス公爵に教えてきた。
だが、エドゥアルドは兵士たちにさらに良い待遇を与えているのに違いなかった。
なぜなら、このアイントプフには、エドゥアルドが普段から好んで食べているオストヴィーゼ公国産のソーセージが使われているからだ。
クラウスも食べなれている味。
煮込んでもしっかりと存在感が残るほどに大きく切られたソーセージが、他の具材と一緒にゴロゴロ入っている。
エドゥアルドのために働けば、公爵と同じ物を食べさせてもらえる。
それは毎日のことではないかもしれないが、エドゥアルドが兵士を大事に思い、ねぎらう気持ちを持っていることは、誰もが知ることができるだろう。
(ベネディクト殿。フランツ殿。
エドゥアルド殿のことを警戒するのは、正解じゃよ)
クラウスは口では「うまい、実にうまいのぅ」と喜んで見せながら、ヒヤリとした、恐れの感情も抱いていた。
トップがあれをしろ、これをしろと声高に叫んでみても、結局はその下で働く人々がついて来てくれなければ十分な成果は得られない。
人を従わせるというだけなら、たとえば恐怖であってもかまわない。
自身が手にしている権力を振りかざし、無理やり従わせることもある。
支配者とは時にそういうこともしなければならないのだと、クラウスを始めとする貴族たちは、幼いころから帝王学の一環として教え込まれる。
だが、もしも人々が自発的に、「この君主のためにならば」と動いてくれるのなら、得られる成果はより良いものになるのに違いなかった。
(まったく、末恐ろしいのぅ、エドゥアルド殿は)
それがわかるからこそ、クラウスはエドゥアルドのことを同盟者として頼もしく思いつつも、これからも力を増し続けて行くのに違いない若い才能に、警戒心と嫉妬心を持たずにはいられなかった。
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