第356話:「出る杭:2」

 帝都、トローンシュタットで広まっている、エドゥアルドが謀反を企んでいるという噂。

 その出所は、クラウスによると、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトと、ズィンゲンガルテン公爵・フランツだということだった。


 なぜ2人が結託してこんなことをしているのかと言えば、2人にとってエドゥアルドは、次期皇帝位を巡る[敵]と見なされてしまったからだ。


 エドゥアルドには、皇帝になろうという考えはなかった。

 そうなればいろいろとやりたいことがスムーズに進むし、メリットは大きいと、魅力的に感じたことはあったが、まずは自国のことが第一、皇帝はノルトハーフェン公国を満足に治めることができてからだと思っていた。


 しかしそんなエドゥアルドの内心など、ベネディクトもフランツも知りようがない。

 いや、もし知っていたとしても、2人ともエドゥアルドが本当にそう考えているのか、と、疑っていたかもしれない。


 タウゼント帝国の皇帝。

それは、知恵者の目を曇らせる程度には、魅力のある地位だったからだ。

 だから2人がエドゥアルドの本心を知っていたとしても、有力なライバルになる可能性がある限り、今回のように潰しにかかって来ただろう。


(恩知らず! )


 エドゥアルドは口に出してそうののしってやりたい気分だった。


 ラパン=トルチェの会戦でエドゥアルドたちが奮戦しなかったら、ベネディクトもフランツも危なかった。

 フランツに至っては、エドゥアルドたちが必死に戦って、サーベト帝国軍の包囲から解放してやった。


 2人とも、エドゥアルドには借りがあるはずだった。

 それなのにその返済も考えず、自分たちの障害になるかもしれないからと、出る杭を打とうと画策している。


「しかし、なぜ、謀反などという大それた噂を……」


 エドゥアルドは頭を抱えながら、しかめっ面を浮かべて呟く。


 実際にエドゥアルドが皇帝位を志していたとして、その可能性を潰すには、謀反などという突拍子もない噂でなくともいいはずなのだ。


 タウゼント帝国の皇帝位は代々、世襲ではなく、5つの被選帝侯から、投票権を持つ諸侯による投票によって決まる仕組みになっている。

 だから、謀反などでなくとも、諸侯がエドゥアルドに投票したくなくなるような噂でも良かったはずなのだ。


「そこは、ほれ、エドゥアルド殿、なかなかの名君ぶりじゃから」


 クラウスは空になったコーヒーカップを指さしてルーシェにお代わりをつぐように指示し、お茶菓子のクッキーを手に取って頬張りながら、相変わらず楽しそうな様子で解説してくれる。


「ノルトハーフェン公国の繁栄ぶりは、なかなかのものじゃ。

 元々交易と産業化の推進で羽振りは良かったが、エドゥアルド殿の代になってから拍車はくしゃがかかっとる。

 じゃから、皇帝たる能力がない、と吹聴することはできん。

 今いる諸侯の誰よりも国を富ませて、兵を強くしとるんだからの。


エドゥアルド殿はケチだ、とか、そういう噂をできたらそれでも良かったんじゃがな。

 誰だって、適切な恩賞を与えてくれない主君には仕えたくないからの。


 しかし、エドゥアルド殿、アルエット共和国へ侵攻して物資が欠乏した時、自軍の物資を気前よく他の諸侯に渡しとったじゃろ?

 わし含めて、みな借りたものは返してはおるが、手元にあるものが乏しい時にそれを分け与えるというのはなかなかできんことじゃ。


 そういうわけで、ケチだと噂するわけにもいかん。

 あの窮地きゅうちで物資を分けられるような人が、恩賞を出し惜しむようなしみったれなわけがないからな」


 クラウスはルーシェがついでくれたコーヒーのお代わりで喉を潤し、饒舌じょうぜつに言葉を続ける。


「それだけではないぞ?

 貴殿は、戦争にも強い。


 ラパン=トルチェの会戦では、並み居る帝国諸侯の中でただ1人功績をあげた。

 サーベト帝国との南方戦役では、ヴェーゼンシュタットを解放し、皇帝を捕虜にするという大勝利をもたらした。


 正直な、突っつくところがなにもないんじゃよ。

 まだお若いから、女性関係の醜聞も聞かんし?

 態度が悪い、素行が悪いなんてことも聞かんし。


 じゃが、謀反なら。

 若くて有能な統治者なら、そういう野心を抱いてもおかしくはなかろうて」


 つまり、エドゥアルドが起こすかもしれない問題の中では、謀反がもっともあり得る、説得力のある[言いがかり]だったということだ。


 そして、実際にその噂は、宮中から諸侯へと、広まり始めている。

 それはもちろん、策謀を巡らせているベネディクトとフランツに与する人々が意図して広めているからではあったが、人々に、まったくあり得ない話でもないと、そう信じられているということだった。


「頭が痛くなってきそうだ……」


 エドゥアルドは、少し泣きそうな声でそう呟いていた。


 次期皇帝位を巡るゴタゴタに巻き込まれたくないから、様子見を、中立の立場を取っていたというのに。

 距離を取っていたはずの問題が、向こうの方からやって来たのだ。

 それも、重騎兵が全速力で突撃するような勢いで、まっすぐに突っ込んできた。


 どうして、自分を放っておいてくれなかったのか。

 なぜ、ノルトハーフェン公国を治めることに専念させてもらえないのか。


 エドゥアルドは恨めしい気持ちだった。


「平民を士官学校に入校させようという、貴殿の活動が気に入らなかった、というのもあるんじゃろうけどの。

 実際、わしもユリウスも、最初にその話を聞いた時には驚かされたし」


 クラウスは3枚目のクッキーを口に運んで咀嚼そしゃくしながら、そう言ってコーヒーを口へと運ぶ。


「あの、クラウスさま」


 すると、感嘆するようにクラウスの食べっぷり、飲みっぷりを眺めていたルーシェが、自信なさそうな様子で問いかける。


「もしかして、お夕食、まだお済みではないのでしょうか?

 よろしければ今からでも、なにか、ご用意いたしますが」


「ほぅ! お主、気が利くではないか! 」


 クラウスはルーシェの方を見やると、嬉しそうに笑った。


「実はな、帝都にエドゥアルド殿が入る前に追いつかねばと、ここまで急ぎに急いで来たんじゃ!

 落ち着いて食事をしておる暇もなかったんじゃ!


 雨と橋の事故のおかげで間に合ってほっとしたんじゃが、おかげで、腹ペコでのぅ!

 なんでもよい、ぜひ、なにかご馳走してくれぃ! 」

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