第355話:「出る杭:1」

 エドゥアルドが、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトと、ズィンゲンガルテン公爵・フランツから害意を持たれている。

 そしてその原因は、両公爵からエドゥアルドが「次の皇帝位を狙っている」と見られてしまったためだ。


「そんな、バカなことがあるのですか!? 」


 そのクラウスの指摘に、エドゥアルドは驚きと憤りの入り混じった大きな声をあげていた。


「僕はこの通りの若年ですし、自分の国のことで手いっぱい。

 皇帝になど、なろうと思ったことはありません! 」


「まぁまぁ、落ち着きなされ、エドゥアルド公爵。

 あまり大きな声を出しますと、外にれてしまいますぞ」


 エドゥアルドの様子に、クラウスはなぜか面白そうなニヤニヤとした笑みを浮かべながら、人差し指を自身の唇の前で立て、シー、っと、静かにするようにジェスチャーした。

 するとエドゥアルドは冷静さを取り戻し、浮かしかけていた腰をイスの上に戻す。


「エドゥアルド公爵にそんな野心がないことは、もちろん、わしは知っとるよ?

 しかしな、問題は、ベネディクト公爵とフランツ公爵からどう見えたのか、ということなんじゃ」


 エドゥアルドが落ち着くのを待ち、クラウスは説明を再開する。

 まるで教師が教え子に勉強を教えるような口調だ。


「次期皇帝位を巡る諸侯の勢力争い。

 それが水面下で激しく戦われていることは、諸侯たちにとって周知の事実じゃ。

 もちろん、エドゥアルド殿も存じておろう。


 そして、その有力な候補は、2人。

 ベネディクト殿とフランツ殿じゃ。

 諸侯はみな、この2人のどちらにつくかで、右往左往としておる。


 じゃが、エドゥアルド殿は我関せずと、1歩身を引いて傍観ぼうかんしておる。


 わしは、皇帝選挙なんぞに関心がないからじゃと、分かっておる。

 なぜならわしはエドゥアルド殿とは盟友で、よく知っているからじゃ。


 しかし、エドゥアルド殿の人となりをそこまで知らない諸侯からすれば、別の、虚像が見えてくる。

 エドゥアルド殿はベネディクト殿にもフランツ殿にもつかず、密かに独自の勢力を築き、カール11世陛下の後継者の地位を得ようとしておるのではないか、とな」


 エドゥアルドは唖然あぜんとして、ぽかん、とだらしなく口を半開きにしてしまっていた。


 自分が第三勢力を築き、次のタウゼント帝国の皇帝になろうとしている。


 ベネディクトとフランツが抱いているその懸念けねんは、まったくの誤解。

 彼らが勝手にそのように想像した、事実無根のことなのだ。


「エドゥアルド殿、ここしばらくの間、盛んに諸侯と手紙のやりとりをしておったじゃろう? 」


 そのエドゥアルドの反応を楽しんでいるのか、クラウスの口調は嬉しそうだ。


「どうやらそれが、両公爵には、独自の勢力を築こうとしているように見えてしもうたようじゃのぅ」


「し、しかし、それは平民を士官学校に入校させる、その許可を得るための根回しで……」


 半ば呆然としたまま、エドゥアルドはそう言う。


 そもそも、ベネディクトもフランツも、このことは知っているはずなのだ。

 なぜならエドゥアルドは両公爵にも平民を士官学校へ入校させることを許可してくれるように求める手紙を出しており、手ひどく批判する内容の返書を受け取っているからだ。


「左様。そのことは、わしも知っておる。

 しかし、やりとりするすべての手紙の内容まで、両公爵が把握できるわけがなかろう?


 つまりじゃ、士官学校へ平民を入校させたい、などということはカモフラージュで、実際にはエドゥアルド殿が皇帝になるための根回しをしておると、そう考えた、ということじゃ」


「そんなの、妄想もうそうではないですかッ! 」


 エドゥアルドはいよいよこらえきれず、バシン、とテーブルを叩きながら立ち上がってしまっていた。

 一方的な思い込みで、知らないうちに害意を抱かれていたのだ。


「左様、ただの妄想もうそうに過ぎん。

 じゃが、得られた断片的な情報をつなぎ合わせ、恐れや不安、思い込みによる推測によってわからない部分を補えば、事実とはまったく異なった風に物事が見えてしまうモノじゃ。


 ま、うまく切り抜けられるよう、わしも力を貸すでの。

 頭を冷やして、座りなされ」


 憤っているエドゥアルドを、クラウスは手の平でちょんちょん、と抑えるようなジェスチャーをする。

 するとエドゥアルドは再び冷静さを取り戻すことができ、イスに腰かけ、高ぶった気持ちを静めようと自分のコーヒーを体の中に流し込んだ。


「ということは、今、帝都で流れているという噂も、両公爵が公爵殿下をおとしいれるために流したモノ、ということでしょうか? 」


「その通り。


 出る杭は打たれる、というところかの」


 ごくごくとコーヒーを飲むエドゥアルドに代わってヴィルヘルムがそう確認すると、クラウスはクックックッ、と愉快そうに笑った。


「クラウス殿、なぜ、そんなに愉快そうなのですか?

 僕としては、酷く迷惑しているのに」


 そんなクラウスのことを、コーヒーを飲み終えたエドゥアルドは軽く睨みつける。


 この場にクラウスがやって来たのは、ほぼ間違いなく、エドゥアルドに助言し、ベネディクトとフランツが張り巡らした策謀をうまくかわさせるためだろう。

 ありがたいことではあったが、しかし、どうにもこの老人は、今の状況を楽しんでいるようにしか思えなかった。


「愉快に決まっておろうが! 」


 クラウスはそれが当然、とでも言うように、バシン、と自身の膝を打って、不敵な笑みを浮かべる。


小癪こしゃくな若造。

 そんな風に貴殿を侮っておったのに、その力量を目の当たりして、無視し得なくなって、犬猿の仲じゃのに嫌々、ベネディクトもフランツも手を組んだんじゃ。


 エドゥアルド公爵、貴殿の力量が、晴れて認められたということじゃぞ?

 あっぱれ、貴殿は軽視できぬ「何者か」になることができたんじゃ!


 これほど愉快なことがあろうか!? 」


 ベネディクトとフランツに、エドゥアルドの実力を認められた。

 そう考えれば、確かにそれは嬉しいことなのかもしれない。


 しかし、まったくの誤解から生じた大問題を解決しなければならないエドゥアルドは、クラウスのように豪気に笑うことは、まだできなかった。

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