第353話:「梟雄、再び:1」
エドゥアルドの、義父。
確かに、前オストヴィーゼ公爵、クラウス・フォン・オストヴィーゼは、そう言えなくもない存在だった。
なぜなら、クラウスの息子であり現オストヴィーゼ公爵・ユリウスとエドゥアルドとは、義兄弟の関係にあるからだ。
もっともこの義兄弟というのは、クラウスが半ば強引にそういうことにしてしまったもので、エドゥアルドにとってはまだしっくり来ていないのだが。
「クラウス殿。いったい、どうしてこのような場所に? 」
エドゥアルドは驚いた顔のまま、クラウスにそうたずねていた。
こんなところでクラウスに会うことになるとは、少しも予想していなかったからだ。
「いや、なに、ちと物見遊山に旅をしておってな。
そうしたら、この雨じゃて。
どこか落ち着けるところはないかと探しておったら、この役場の者たちが親切にも旅人たちを受け入れていると聞いてな。
それでやって来てみたら、エドゥアルド殿、偶然に貴殿がおった、というわけじゃ」
((((絶対にウソだ……))))
その場にいたエドゥアルドを始め、ヴィルヘルム、シャルロッテ、ルーシェも、みな同じことを思っていた。
クラウスがなぜこの場にいるのか、彼が語った以外のことなど誰にも分らなかったが、それが真実ではないということは、全員が確信をもって断言することができる。
クラウス・フォン・オストヴィーゼと言えば、「
いろいろと、後ろ暗い噂がある。
オストヴィーゼ公爵家が後継者争いでもめることの無いよう、その地位をめぐって争いを始めかねなかった自身の息子たちを謀殺した、といったものや、隣国との領土問題を有利に解決するのに暗殺を実行した、など。
エドゥアルドたちも、国境線の引き方をめぐってクラウスから厳しく揺さぶりをかけられたことがあった。
しかし、友好関係を結べば何かと心強いからと、最後には和解し、両国の間にあった国境問題を解消して、ノルトハーフェン公国とオストヴィーゼ公国の盟友関係を築くのに至っている。
だから、基本的にはクラウスはエドゥアルドたちにとって味方だ。
だが、決して油断のできない人物であることもまた、正しい評価なのだ。
「え、えっと、その、前オストヴィーゼ公爵、クラウス様であらせられるので……? 」
呆気に取られているエドゥアルドたちの姿を楽しそうに眺めていたクラウスに、驚いて飛びのいたままの姿勢で固まっていた役人が、おそるおそるといった様子でたずねる。
「おう、いかにも。わしが前オストヴィーゼ公爵、クラウスじゃ」
「こ、これは、大変な失礼をいたしましたっ!
そうと存じ上げておりましたら、もっと別の対応をいたしましたのに!
ご、ご無礼のほどは、どうか、ご容赦くださいませ! 」
クラウスが大仰にうなずいてみせると、役人は血相を変え、姿勢を正してペコペコと頭を下げる。
すでに[前]公爵であるとはいえ、クラウスはタウゼント帝国の皇帝の親類であり、爵位がなくなってもその地位は他の貴族たちに勝るものだ。
ましてや、イチ小役人など、まるで比較にならない相手なのだ。
「なんの、なんの、世を忍んでの物見遊山の旅じゃて。
気にかけることではないぞ、役人殿」
するとクラウスは、威厳のある重々しい様子でうなずいてみせる。
「雨に降られて、一夜の宿を求めて転がり込んできたただの年寄りじゃよ、わしは。
身分を隠しておったことじゃし、役人殿の対応は非礼には当たらん。
むしろわしは、ここの役人たちの働きにはいたく感心させられておったところなのじゃ。
わしと同じように雨に打たれて困っておった民草のために役場を解放し、大勢を受け入れておる。
橋の復旧作業も進めねばならず、徹夜で忙しいというのに、なかなか立派な働きぶりではないか」
「はっ、ははっ! 恐縮でございます! 」
そのクラウスの言葉に、役人は深々と頭を下げる。
「うむ。
さ、貴殿にはまだ多くの仕事があろう?
わしはここでエドゥアルド公爵と旧交を暖めておくでの、貴殿は自らの職責を果たすがよかろう」
「ははー! かしこまりましてございます! 」
少しもったいぶったクラウスの言葉に役人はさらに深く頭を下げると、言われた通り自分の仕事をこなすためにそそくさとエドゥアルドの部屋を出て行った。
「さて、わしも、コーヒーでもいただこうかのぅ。
この雨じゃて、老体には寒さがこたえるわい」
役人が部屋から出て行くのを軽く手を振りながら見送ってから振り返ったクラウスは、ちらり、とルーシェの方を見てそう言う。
「あっ、はい、かしこまりました! 」
するとルーシェははっとして背筋をのばし、そう言うと、急いでクラウスの分のコーヒーを準備するべく小走りで動き出す。
その動きで我に返ったシャルロッテも、クラウスのための席をエドゥアルドの対面に用意しようとし、ヴィルヘルムはクラウスのために先ほどまで自分が占めていたその場所をゆずって移動した。
「おお、気が利くのぅ」
クラウスはにこにことした笑顔で、満足そうにそう言って何度もうなずく。
それから彼は杖をつきながらシャルロッテが用意したイスへと向かい、「どっこらしょ」とわざとらしく言いながらそこに腰かけた。
「お待たせいたしました~! 」
そこへちょうど、クラウスの分のコーヒーセットを用意したルーシェが戻ってくる。
慌てているのか彼女の動きはせわしなかったが、これまでのメイドとしての修業の成果があらわれているのか、その所作からは決して優雅さは失われていなかった。
ルーシェはてきぱきとテーブルの上にコーヒーセットとお茶菓子などを並べ、クラウスに砂糖やミルクの好みを確認してコーヒーをいれる。
「ほぅ、なかなかの腕じゃのぅ。
冷えた体に染みるようなうまさじゃわい」
ルーシェの用意したコーヒーを一口飲んだクラウスは、まるで
だが、すぐにその
「……さて、人心地がついたところで、本題に入ろうかのぅ」
そしておもむろに放たれたその言葉に、エドゥアルドは緊張したように居住まいを正していた。
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