第350話:「出頭」

「公爵殿下。こ、皇帝陛下は、なんとおっしゃられているのですか? 」


 エドゥアルドは手紙の内容の不可解さに眉をひそめて無言でいると、待ちきれなかったのか、エーアリヒが心配そうな口調で問いかけて来る。


 視線をあげたエドゥアルドは、すぐには答えない。

 どんなふうに手紙の内容を明かせば余計な心労を増やさずに済むか、少し考えたかったからだ。


 ちらり、とルーシェの方を横目で見る。

 彼女はエーアリヒと同じように、心配で、不安でたまらないという顔をしている。


「いや、まったく、荒唐無稽こうとうむけいななお話だ」


 視線をエーアリヒへと戻したエドゥアルドは、手紙を手にしたまま肩をすくめてみせ、できるだけ明るい口調で笑い飛ばす。

 皇帝から手紙が来たというだけで一大事ではあるのだが、あえてそう言うことで、ルーシェの不安を吹き飛ばしてやろうと思ったからだ。


「どうやら宮中で、僕が謀反を企んでいるなどと、怪しい噂が流れているらしい。

 皇帝陛下は僕から直接、その弁明をせよと仰せなのだ。


 なに、陛下はこのような噂、少しも信じてはおられない。

 だがあまりにも盛んに噂されているし、諸侯の間にも広まり始めたために、僕自身に弁明させることで、そのような嫌疑を一挙に粉砕しようというお考えでいらっしゃるのだ」


「その、お手紙を拝見しても……? 」


「ああ、もちろん。僕が言った通りのことが書いてある」


 エドゥアルドは笑い飛ばそうとしているが、内容を直接確認するまでは安心できないといった様子でエーアリヒが申し出ると、エドゥアルドはあっさりと手紙を手渡した。


「……確かに、陛下御自身は、公爵殿下をお疑いではなさそうですな」


 急いで手紙に目を通したエーアリヒも、少しだけほっとした表情を見せる。


 手紙の文面からは、皇帝が、体面を気にしてしかたなくエドゥアルドを呼び出したのだということが伝わってくる。

 自分はエドゥアルドの謀反などまったく信じてはいないが、宮中で噂は広まり、諸侯にもそれが広がり出したので、問題が大きくなる前にエドゥアルド自身に身の潔白を証明させて一気に懸念を打ち消そうと考えたのに違いなかった。


 エドゥアルドが一瞬だけ視線を送って横目で目立たないように確かめると、ルーシェも安心した表情を見せている。

 エドゥアルドの作戦はうまくいっている様子だった。


「しかし、公爵殿下。

 これは、存外に厄介なことかもしれませぬ」


 その言葉で、エドゥアルドは視線をエーアリヒへと戻す。

 すると何度も手紙を読み返していたノルトハーフェン公国の宰相は、悩ましそうなしかめっ面をしていた。


「存外に厄介なこと、とは? 」


「この噂が、意図的に、何者かによって流されたものであるかもしれぬ、ということです」


 自身の頼みとする臣下がなにを考えているのかが想像できず、怪訝けげんそうにエドゥアルドがたずねると、エーアリヒは手紙から顔をあげて答える。


「まず、公爵殿下もご存じのように、我がノルトハーフェン公国が陛下に対し謀反を起こすなど、あり得ないことでございます。


 殿下はすでに2度、陛下のために出征しておりますが、そのどちらの戦でも、功績をお上げでございます。

 また、陛下からも、それらの功に対して恩賞をたまわる約束をいただいております。


 おうかがいしていることによると、陛下は公爵殿下に対し、好意的にお考えであられるとのこと。

 ですのでこの手紙でも、陛下自身は少しのお疑いもお持ちではないご様子です。


 そしてそれは、宮中の他の者も、諸侯らも、知っているはずなのです。

 公爵殿下はこれまで陛下のためによく働き、近々、恩賞までたまわる約束をいただいており、陛下に対し謀反を企てる動機など微塵もないということを」


「誰かが意図的に流さなければ、このような噂がそもそも生まれるはずがない、ということか」


 エドゥアルドは自身の思考を整理するようにそう呟きながら、険しい表情でイスの背もたれによりかかり、身体の前で腕を組む。


 もし、この噂が何者かの手によって作られたものなのだとしたら。

 その何者かは、エドゥアルドに無実の罪を着せよとしているということであり、それには何か目的があるはずだった。


 だが、考えてみても、噂を作り出した側の目的はまるで見当がつかなかった。


 そもそも、誰かに恨まれるような覚えがない。

 確かにエドゥアルドは一定数の諸侯たちにとって「目障りで小癪こしゃくな」存在であるには違いないのだが、こんな、謀反の罪を着せられるほどではないはずなのだ。


(しかし、無視するわけにもいかぬ……)


 噂が誰かの手によって意図的に作られたもので、皇帝もまったく信じていないことなのだとしても、こうして手紙を送られて参上せよと命じられている以上、なにもしないわけにはいかなかった。

 私的な手紙の形での命令、ということで、勅命と呼ぶほどの厳粛げんしゅくなものではないのだが、皇帝がその意向をはっきりと示したのは間違いないのだ。


 無視することは、タウゼント帝国の貴族として、皇帝の臣下として、絶対にできない。

 しかも、仮にエドゥアルドが皇帝の求めを無視してノルトハーフェン公国に引きこもってしまっていては、噂を流している者たちはこれ幸いとその事実を利用して、さらに噂を広めてしまうだろう。


 たとえ嘘であっても、みながそれを信じてしまえば真実になってしまうのだ。


 エドゥアルドがまたちらり、と横目で確認すると、やはりルーシェは不安そうな顔をしている。


 できれば彼女を安心させてやりたい。

 エドゥアルドはそう思ったが、しかし、同じ手が2度通用するはずもない。


「出頭、せざるを得ないだろうな」


 エドゥアルドは重々しい口調でそう呟いていた。

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