第349話:「詰問状:2」

 詰問とは、辞書によれば相手を責めて強く問いただすこと、という意味の言葉だ。


 つまり、皇帝の手紙の内容は、エドゥアルドを詰問する……、彼にあるなんらかの落ち度について強く責め、その責任を問うためのものであるということになる。


 エドゥアルドには、まったく身に覚えがなかった。


 ノルトハーフェン公爵の実権を取り戻してから数年。

 エドゥアルドは自国を豊かにし、新しい時代を生き残り、そこに暮らす人々に平和と安定をもたらすために、国内の改革を推し進めてきた。

 その一方で、皇帝からの招集に従い、従軍して、功績もあげてきた。


 もう半年近くも前のことになるが、サーベト帝国によるズィンゲンガルテン公国への侵攻によって始まった南方戦役では、タウゼント帝国に対する勝利に決定的な役割を果たしている。

 皇帝、カール11世からは、その功績を称賛され、必ず褒美ほうびを取らせるという約束を、言葉だけではなく証書としても受け取っているのだ。


 そんな自分が、いったい、皇帝に対してどんな罪を犯してしまったというのか。

 詰問されるような不備など、なにも考えつかない。


「エ、エーアリヒ、準伯爵……。

 皇帝陛下は、いったい、ぼ、僕になんと、仰せなのだ? 」


 エドゥアルドの声も、震えている。

 こんな事態が起こるなど想像もしておらず、思い当たることなどなにもなかったが、しかし、皇帝から詰問されている、というのは間違いないのだ。


 タウゼント帝国では、皇帝は至高の存在ではあるが、絶対の存在ではない。

 多くの諸侯、とりわけ被選帝侯である5つの公爵家の影響力が強く働く。


 その被選帝侯の1つであるノルトハーフェン公爵家の当主であるのだから、いくら皇帝といえども、エドゥアルドに一方的になにかの責任を取らせて罰を与えるなどということはできないし、しないはずだった。

 しかし、もし皇帝が本気でエドゥアルドを責めているのだとしたら、平穏無事にことが済むはずがない。


「それが、詳しくはこちらの、陛下から公爵殿下宛に出された手紙にのみ、書いてあるということでして……。

 私共臣下には、これが詰問状であり、急ぎ公爵殿下にお渡しして、然るべき処置を取るようにと、そのようにうかがっているだけなのでございます」


 しかしエーアリヒは、詰問状の内容までは知らない様子だった。

 彼が知っているのは、これがエドゥアルドを詰問するために皇帝から出された手紙であり、至急、届けなければならないということだけだ。


 エーアリヒは2通の手紙を、エドゥアルドの目の前におそるおそる差し出した。

 するとエドゥアルドはまず、エーアリヒたちノルトハーフェン公国の臣下たちに向けられた手紙を読み、その内容を確認し、次いで、自身に向けられた詰問状の納められた封筒を険しい表情で手に取った。


「ど、どうぞ、エドゥアルドさま」


 そんなエドゥアルドに、ルーシェがペーパーナイフを手の平の上に乗せて、不安そうな様子で差し出してくる。

 使うだろうと予想して準備してくれたのだろう。


「あ、ああ……、ありがとう、ルーシェ」


 エドゥアルドは精一杯の笑みを浮かべながらペーパーナイフを手に取る。


 ルーシェの手に、エドゥアルドの指先が触れた。

 すると、ルーシェの手が震えているのがわかる。


 この場で話を直接聞いている、というだけではなく、エドゥアルドとエーアリヒの口調や表情から、ことの重大さを知って怯えているのだろう。


(僕が恐がっては、ダメなんだ……)


 そのルーシェの様子を目にすると、不意に、エドゥアルドの身体の震えは治まった。


 自分は、ノルトハーフェン公爵。

 1つの国を治める元首であり、ルーシェたち大勢の人々の命運を担っている。


 そんな自分が、恐れ、怯えてしまっていたら、その臣下たちはいったいどうすれば良いのかと、絶望してしまうだろう。


 ルーシェが自分に仕えてくれているのだということを思い出したエドゥアルドは、自身の背負うべき責任を思い出し、そして、皇帝からの詰問状に書かれた内容に向き合う覚悟を持つことができていた。


 エドゥアルドは1度深呼吸をして息を整えると、ペーパーナイフを封筒の隙間に入れ、その切っ先を封蝋の下に差し込む。

 そうして力をこめると、封蝋は紙からはがれ、上質な羊皮紙に書かれた皇帝からの手紙が姿をあらわした。


 エドゥアルドは慌てず、だが急いで封筒から中身を取り出すと、目の前にその皇帝からの手紙を広げた。

 ざっと全体を眺めれば、それが皇帝直筆のものであろうということが分かるし、玉璽ぎょくじによる印もはっきりと押されている。

 どうやらこれは偽書の類ではなく、本物であるらしかった。


 エーアリヒ準伯爵とルーシェからの視線を感じながら、エドゥアルドは急いで手紙を読み進めていく。


『ノルトハーフェン公爵・エドゥアルドよ。

 汝の働き、朕は嬉しく思うておる。

 以前に約束した、サーベト帝国に対する戦勝の恩賞も、必ず取らせるつもりだ。


 しかしながら、近頃の汝には、いろいろと悪い噂がささやかれている。


 ノルトハーフェン公爵は、皇帝に対して謀反を企んでおる。

 言葉は様々であるが、宮中では盛んにそのような噂を耳にするのだ。


 汝にとっては、おそらくは寝耳に水のことであろう。

 だが、すでに噂は宮中のみならず、諸侯の間にも広がっておる。

 よって、朕としても、看過することができぬ。


 おそらく、汝には弁明したいことがあろう。

 朕自ら、幾人かの有力な諸侯と共に汝に査問し、そなたにその思うところを明かす機会を与えよう。


 急ぎ帝都に参上し、朕の前でその身の潔白を明らかにするのだ。

 さすればこのような噂は、立ちどころに消え失せることであろう。


 汝、決して軽挙すべからず』


 その手紙を読み終わったエドゥアルドは、驚きつつも、怪訝けげんに思うしかなかった。


(僕が、陛下に対して、謀反を……? )


 そんな疑いをかけられるような身に覚えは、何度考え直してみても、思い当たらなかったのだ。

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