第334話:「第2フェーズ・各個撃破:2」
エドゥアルドと、アリツィア。
2人だけで、話がしたい。
(だから、あんなに強引にルーシェを連れて行ったのか……)
マヤの拉致(らち)同然の行動をそう考えたエドゥアルドは、思わず居住まいを正していた。
なにしろ、相手は王族だ。
ノルトハーフェン公国には半ば観光、半ば見学のために滞在しているが、公爵であるエドゥアルドと1対1で話したいというのなら、それは、外交的な意味を持った話し合いであると思える。
それも、人払いをしてまでしなければならない、重要な……。
しかしアリツィアは、真剣な表情を作り、姿勢を正したエドゥアルドのことを、なぜか不満そうにねめつけていた。
「君という人は、本当に……」
そしてアリツィアの唇からは、そんな、呆れたような呟きが漏(も)れる。
その言葉はエドゥアルドには聞こえていなかったが、しかし、雰囲気で、自分がなにか見当違いの行動をしていることを察して、怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる。
「あの、アリツィア王女。
なにか、おっしゃいましたか? 」
「いや、なんでもないさ。気にしないでくれ」
エドゥアルドがおずおずとそうたずねると、アリツィアは気分を切り替えたらしい。
カラリとした笑顔を浮かべると、ひらひらと右手を手首から縦に振って見せる。
「さっきも言ったけれど、今日は予定がなくて、退屈だからエドゥアルド公爵とおしゃべりをしたくてここに来たんだ。
いくら使用人たちが信用できるからと言って、この場に第三者がいれば、それだけ気を使わなければならなくなるだろう?
私は、気兼ねなくエドゥアルド公爵と会話を楽しみたいんだ」
「は、はぁ……、そういうこと、でしたら」
アリツィアがそう言うなら、と、エドゥアルドはうなずくしかない。
違和感はあった。
王族として、普段から大勢の使用人たちに囲まれて育ってきたアリツィアが、今さら第三者がいることを気にするとは思えなかった。
だが、なぜ、と考えている時間はない。
エドゥアルドが疑問を持っている間にも、アリツィアはにっこりとした微笑みを浮かべ、エドゥアルドに話しかけてくるからだ。
「いやぁ、エドゥアルド公爵。
公爵のノルトハーフェン公国、あちこち見させていただいたけれど、どこに行っても驚かされたよ。
特に、蒸気機関の力はすごいね。
私の祖国にもまったく伝わっていないというわけではないのだけれど、やはり、ノルトハーフェン公国とは普及の度合いが段違いだ。
まったく、大したものだと感心させられたよ」
「それは、どうも。ありがとうございます」
唐突に自身の治世をほめられて、エドゥアルドは戸惑いつつも、少し気恥ずかしそうにうなずいてみせる。
ノルトハーフェン公国を豊かな国家にする。
それがエドゥアルドの目標であり、そのために進めてきた産業化の推進の成果を感心されているのだから、悪い気持ちはしない。
「本当に凄いことだよ。
蒸気機関というのは、とても力があって……。鋼鉄の塊をみるみる削り取って製品ができあがって行くし、機関車も、たくさんの貨物を積載して、馬車よりも速く走っていく。
ぜひ、私の国にも、公爵のところで使っている性能の良いものを導入したいね」
「もしよろしければ、我が国からノウハウをご支援できると思います。
商人たちも、新たな取引先が増える、と、オルリック王国との交流には賛同している様子ですし」
「それは、とても助かるよ!
っと、いけない、いけない。
ついつい、仕事の話をしてしまうね」
そこでアリツィアは、自分から他愛のない雑談をしたいと言っていたのにも関わらず、公務に関わることを話題にしてしまっていたのに気づいてバツの悪そうな顔をする。
「いえ、かまいませんよ。
ところで、アリツィア王女。
ノルトハーフェン公国での滞在は、お楽しみいただけているでしょうか? 」
エドゥアルドは大丈夫だ、とうなずいてみせると、それから自分から話題を振った。
アリツィアばかりに話してもらうのもよくないと、そう思ったからだ。
「うん、実に快適に過ごさせていただいているよ」
するとアリツィアは少し嬉しそうにうなずいてみせる。
「よく配慮していただいているし、エドゥアルド公爵の使用人たちもみんな優秀で、よく気づかっていただけるからね。
……なんなら、このままずっと、こちらでお世話になりたいくらいだよ」
にこにことした笑顔で、アリツィアはそんなことを言う。
エドゥアルドは、少しも気がつかない。
アリツィアの笑顔がほんの一瞬だけ固くなり、その双眸(そうぼう)に、ギラリ、と、目の前にいる獲物が隙を見せたことを見逃さないという強い意志のようなものが見えたことに。
「もちろん、いたいだけいて下さっていいですよ」
エドゥアルドは、アリツィアの言葉を冗談だと思って、気軽にうなずいてみせていた。
ただ、その言葉は半ば、本気だった。
アリツィアが望むならそうするだけ、ノルトハーフェン公国に滞在してもらってもいい。
エドゥアルドにとってアリツィアはもてなすべき要人であるのと同時に、戦場で共に戦った戦友であり、民衆のために為政者はあるべきなのだという共通した感覚を持っている、同志だったからだ。
「それは、嬉しいね」
アリツィアはうんうんと、嬉しそうに何度もうなずきながら身体を前のめりにして、ずいっ、とエドゥアルドの方に身体をよせて来る。
それはまるで、自身の胸元にある曲線をエドゥアルドにわざと強調して見せるような仕草だった。
「ねぇ、覚えているかい、エドゥアルド公爵? 」
アリツィアは微笑んでいるが、しかし、その目は笑ってなどいない。
真剣なものだった。
「な、なんのことでしょうか? 」
エドゥアルドはアリツィアの視線に緊張しながら、そう問い返す。
するとアリツィアは、妖艶(ようえん)な表情を見せた。
「もしよかったら……、私を、お嫁さんにしてもらえないかな、っていう話さ」
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