第333話:「第2フェーズ・各個撃破:1」
ルーシェは、戸惑っていた。
自分のために、10着もの衣装が用意されている。
そんな現実が本当に起こるとは、想像したこともなかったし、まるで実感が湧いてこない。
だが、興味があるのも間違いなかった。
エドゥアルドのメイドとして働くようになって、ルーシェは相応のお給金をいただいている。
相手は公爵家ということもあって、悪くない額だ。
だからルーシェは、それなりの金額を貯め込んでいる。
しかし貯め込むばかりで、まともに使ったことがない。
しようと思えば、いくらでも衣装を買ったりして、おしゃれをすることができる。
それなのに、スラム街で暮らしていた自分には分不相応だと、自分で自分に足枷をしてしまっているのがルーシェだった。
だからルーシェは、おしゃれというモノに興味を抱きながらも、実践したことがなかった。
自分からそれをするということは、どうしても踏み切れない、決心のつかないことだったのだ。
だが、マヤが、自分のために衣装を用意してくれた、というのならば。
これは仕方のないことなのだと、自分を納得させることができる。
「あの、エドゥアルドさま……?
本当に、よろしいのでしょうか? 」
おしゃれをしてみたいという期待と、本当に自分がそんなことをしてもいいのかという
それらが内心で激しくせめぎ合っていたルーシェは、判断をエドゥアルドに委ねた。
自分は、エドゥアルドのメイドなのだ。
だからエドゥアルドがそうしろと言うのなら、それに従う。
自分では決められない、踏み出せないことも、エドゥアルドの一言があればなんだってできる気がするのだ。
「ああ、かまわないさ。
ルーシェが戻ってくるまでは、別の誰かに頼むから」
エドゥアルドは、ルーシェの複雑な内心を察してそう言ったわけではなかった。
ただ、普段メイド服しか着たことがなく、一生懸命に働いているルーシェに、それくらいのご褒美があってもいいだろうと思ったからだった。
エドゥアルドの許可が下りた。
今まで経験したことのない、おしゃれをさせてもらえる。
そのことを理解し、ぱぁっと表情を輝かせたルーシェだったが、その直後に浮遊感を覚え、きょとんとしてしまう。
実際に、ルーシェの足は地についていなかった。
どういうわけか空中に浮かんでいる。
視線を左側へと向けると、そこには、じっと、どこか熱っぽい感じの視線を眼鏡の向こうから向けてきているマヤの姿があった。
ルーシェはマヤによって持ち上げられ、まるで戦利品かなにかのように肩にかつがれていたのだ。
「えっ、ぇえぇえっ!? 」
ルーシェは、思わず素っ
いろいろな衣装を着せてもらえるのは嬉しかったが、まさか、こんな扱いをされるとは思っていなかった。
だが、マヤはルーシェが戸惑っていてもおかまいなしだ。
エドゥアルドとアリツィアに向かって軽く一礼すると、そそくさ、という表現がぴったりな素早さで、その場を後にしようとする。
エドゥアルドは呆気にとられ、アリツィアは決死の戦いにおもむく戦士を見送るような表情で、連れ去られていくルーシェを見送った。
「あのっ、じっ、自分で歩けますからっ!
おっ、おろしてください~! 」
ルーシェはマヤからの扱いに有無を言わせぬものを感じ、これからどんなことをされるのだろうと不安になって、なんとかマヤの手を脱出しようとジタバタともがいてみせる。
しかし、マヤの力は強く、まったく通用しなかった。
「えっ、エドゥアルドさまっ!
やっぱり、た、助けてください~っ! 」
自分ではどうにもならない。
そう悟ったルーシェは
マヤはルーシェをかついだまま執務室を後にし、エドゥアルドにすがるような視線を向けているルーシェの目の前で、バタン、と無情にも扉は閉まる。
メイドの悲鳴も、聞こえなくなってしまった。
(……本当に、行かせて良かったのだろうか? )
エドゥアルドはそう思わずにはいられなかったが、しかし、一度OKを出してしまった以上、今さら撤回するわけにもいかなかった。
少なくとも、手荒なことはされないだろう。
相手はアリツィアのメイドなのだし、ルーシェにいろいろな衣装を着せてみたいというだけだから、きっと無事に戻ってくるのに違いない。
そう自分に言い聞かせ、半ば強引に自分を納得させたエドゥアルドが視線をアリツィアへと向けると、オルリック王国の王女はどこか真剣な表情で、その茶色の瞳をエドゥアルドへと向けていた。
まっすぐな、視線。
それに射すくめられて、エドゥアルドは思わず、たじたじとなってしまう。
アリツィアの視線は、まるで、戦場でこれから死地におもむくような、重い覚悟をした者のように思えたからだ。
「えっと……、今、別の使用人を、お呼びしますから……」
なぜアリツィアがそんな真剣な表情をしているのか。
エドゥアルドは戸惑いつつも、なんとかぎこちない笑みを浮かべてそう言い、使用人たちの休憩室に直通している、ベルを鳴らして用があることを知らせるための綱を引こうとする。
「ああ、いや、待ってくれ、エドゥアルド公爵」
しかしそのエドゥアルドの行動を、アリツィアは慌てたように押しとどめた。
彼女の表情にはもう、先ほどまであったような重いモノはない。
にこやかな人当たりの良い笑顔があった。
なぜ、他の使用人を呼ぶのを止めるのか。
エドゥアルドが
「今日は……、エドゥアルド公爵と2人だけで、お話がしたいんだ」
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