第331話:「アリツィアとマヤ」

※作者よりご挨拶

 読者の皆様、明けましておめでとうございます!


 昨年は、熊吉の小説をお読みくださり、ありがとうございます。

 本年はより一層お楽しみいただけるように、精一杯、頑張って参ります。


 どうぞ、本年も熊吉をよろしくお願いいたします!


 それでは、本編をお楽しみくださいませ!

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 ルーシェは、マヤに苦手意識を持っている。

 マヤはアリツィアのおつきのメイドであり、その能力も高く、信用のおける存在であるはずなのだが……。


 扉を開いて姿をあらわしたルーシェの姿を見つけたマヤは、表情を崩さなかった。

 だが、その眼鏡の奥で、キラン、と怪しく瞳が光ったような気がする。


 まるで、上等な獲物を発見したような、そんな輝きだ。


 それはルーシェからそう見えた、というだけで、実際には気のせいでしかないのかもしれない。

 光の当たり加減で偶然、そんな風に見えたのだろう。


 だが、ルーシェはまるで猫に部屋の隅に追い詰められたネズミのように、ゾクゾクと震えてきてしまう。


 初対面の時に、いきなりマヤに追跡され、全力疾走しなければならなかった際の、恐怖。

 それを鮮明に思い出してしまうのだ。


「ん? どうしたんだ、ルーシェ? 」


 マヤを前にしてたじたじとなってしまっているルーシェに、アリツィアが怪訝けげんそうに首をかしげている。


「あっ、そのっ、す、すみませんっ!


 さ、どうぞ、中にお入りくださいませ、王女さま! 」


 するとルーシェは、自分が仕事中であることを思い出し、慌ててアリツィアを部屋の中へと案内する。


「王女様は、よしてくれないか?

 堅苦しい感じがして、あまり好きではないんだ。


 できれば、アリツィア、と名前で呼んで欲しい。

 エドゥアルド公爵にしているように、ね」


 そんなルーシェの様子にアリツィアは苦笑しながら、導かれるままに執務室の中に入っていく。


 今日もアリツィアは、美しい。

 亜麻色の髪は丁寧に整えられ、サラサラ、ツヤツヤとしており、首筋の辺りで一束にまとめられ、右肩から身体の前に流されている。

 身に着けているドレスの色は、青。

 公式のパーティなどに着ていくための盛装ではないのか、宝石などが全体に散りばめられている豪華なものではなかったが、仕立てが良いのかアリツィアの身体にぴったりと合い、その曲線を美しく強調する出来になっている。

 また、胸元が少し開く構造になっており、ドレスの青とアリツィアの肌の色の対比が鮮烈で、蠱惑的こわくてきでさえあった。


 横を通り過ぎていくアリツィアの姿に、ルーシェは思わず、見とれてしまう。

 アリツィアはタウゼント帝国の社交界でも注目を集めるほどの美貌の持ち主だったが、その飾らない、自分自身の持ち味を生かすように整えられたドレス姿は、異性でなくともうっとりとしてしまうようなものだった。


「ようこそおいで下さいました、アリツィア王女。


 立ち話もなんですから、どうぞ、こちらへおいで下さい」


 ルーシェが感動してしまって体の前で手を合わせながらアリツィアの姿を見つめていると、執務机の上をざっと片づけたエドゥアルドが応接用のソファとテーブルに移動しながら、少し苦笑しながらそう言った。


「はっ!? 」


 本来なら、アリツィアを席に案内するのは、自分の役割だった。

 そのことに気づいてルーシェははっとしたが、アリツィアはすでにエドゥアルドの案内でソファに腰かけてしまったし、後の祭りだ。


(ううっ、私の、ばかばかばかっ! )


 ルーシェは心の中で自分のことをぽかぽかと叩きながら、思わず赤面していた。


 だが、エドゥアルドもアリツィアも、特に気にした様子はない。

 確かにアリツィアの姿に見とれてルーシェは自分の職務をまっとうすることができなかったが、これは私的な訪問であったし、エドゥアルドもアリツィアもこれくらいが気安くていいと思っている様子だった。


 アリツィアは案内されたソファに腰かけ、姿勢を正し、品よく足をそろえると、エドゥアルドに親しげな様子で声をかける。


「いやぁ、エドゥアルド公爵、突然すまないね。公務の途中だったのだろう? 」


「いえ、僕も少し気分転換がしたいところでしたから。アリツィア王女にお越しいただけて、ちょうど良かったと思います」


「なら、よかった」


「それで、本日はどういったご用件でしょうか? 」


 社交辞令もそこそこに、エドゥアルドはさっそく、アリツィアに用件をたずねる。


「いや、本当に大したことではないんだ。

 少し、退屈でね。

 せっかくだから、少しエドゥアルド公爵とお話でもさせてもらえればなと思って来たんだ」


 アリツィアはうなずいてみせると、そう言ってやって来た目的を明かした。


「僕と、お話? 」


 エドゥアルドは少し戸惑ったように首をかしげる。


 別に、アリツィアと雑談するのが嫌なわけではない。

 仕事はたくさんあったが、煮詰まってしまっていたのは間違いなかったし、いい気分転換になると思っているのも本心だった。


 しかしエドゥアルドは、他愛のない雑談、というものが苦手だった。

 幼いころから公爵位を次ぐものとして育てられてきたエドゥアルドには、同年代の相手と気軽におしゃべりをするという機会が少なく、どんな話しをすればいいのかがわからないのだ。


 誰かに命令や指示を出すことなら、簡単にできる。

 また、仕事上の会話ならば、いくらでもできる。


 しかし、他愛のない雑談となると、途端に難しいと感じてしまう。

 エドゥアルドが気兼ねなく、自然体で話すことのできる同年代と言えば、実のところルーシェくらいしかいなかった。

 これも、エドゥアルドが常にルーシェを自身のおつきのメイドとして働かせている理由だ。


 これは、若い少年公爵で、すでに公爵として多くの実績を残しつつあるエドゥアルドの、大きな欠点、欠落と呼べることかもしれない。

 他者とのコミュニケーション能力が低いのだ。


「そう、雑談だ」


 その戸惑っている様子のエドワードを見て、アリツィアはなぜか、少し楽しそうに微笑み、双眸そうぼうを怪しく細めるのだった。

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