第328話:「エドゥアルドの公務:1」

 アリツィア王女の来訪と滞在。

 本来であれば、王族であるアリツィアを迎え入れるのは最上級の国賓待遇でなければならず、国家元首であるエドゥアルドが率先して歓迎をしなければならないはずだった。


 だが、エドゥアルドは忙しかった。

 一通りの仕事を片づけ、ようやくゆっくりできると思った矢先に、解決するべき問題があらわれるからだった。


 すでに厳冬期を乗り越え、ノルトハーフェン公国は春に向かいつつある。

 そしてエドゥアルドには、いくつもの公務が待ち受けている。


 まずは、ノルトハーフェン公国の国策を決定するための、第2回公国議会の開催。

 議員の任期がまだ明確に定まっていないため、顔ぶれは前回と変わらず開かれる予定となっているからあらためて選挙を行う予定はなく、第1回に比べればせわしなくない。

 だが、第1回の国会で持ち越した議題を採決し、新たな議題についても話し合わなければならない。

 そのための準備は一切、手を抜けない。


 さらに、士官学校に平民の入校を許す件について、根回しをしなければならない。


 これは、エドゥアルドは絶対に必要なことだと考えている。

 信頼するアントン参謀総長の進言であるから、というだけではなく、徴兵制度の導入によって大規模化した軍隊同士の戦争は長期戦になるのに違いなく、兵士だけではなく彼らを指揮・統率する将校も十分な数を用意する必要があるからだ。


 現状、士官になることができるのは貴族や、それに準じた有力者、いわゆる名士と呼ばれるような人々だけだ。

 階級によって指揮系統を構成する軍隊という形式上、階級が上であれば、たとえ爵位がなくとも、爵位のある貴族に命令をできてしまう。

 しかし、貴族・平民という身分社会を有している帝国では、今までそんなことは許容されてこなかったのだ。


 貴族たちからの大きな反発が予想される。

 アントンを始め、エドゥアルドが助言を求めた相手はみなそのように指摘したが、事実、貴族たちからの反発は強いものだった。


 エドゥアルドはタウゼント帝国の皇帝・カール11世に対し、士官学校に平民の入校を認める許可を得るべく、その趣旨や意義を書き記した手紙を何通か送ってやりとりをしている。

 以前からエドゥアルドのことを好意的に見てくれているカール11世は、この手紙の内容に一定の理解を示しており、平民に士官への道を開くことに前向きであるようだった。


 そうするべきであるというのは、アルエット共和国という存在を見れば明らかであるはずだった。


 タウゼント帝国では今でも、国家の統治は貴族の専権事項であり、平民は関与するべきではないし、その能力もないという古い考え方がはびこっている。

 しかし、隣国であるアルエット共和国では、王政が打倒され、貴族たち特権階級が追い落とされて、平民によって統治される共和制が実行されている。


 すでに、平民だけの力でも国家を統治できるということが証明されているのだ。


 そしてなにより、タウゼント帝国は、その平民の治める国家に対して、手痛い敗北を喫している。


 アルエット共和国に対し、王族を処刑した懲罰を加えるという目的で始められた戦争。

 その戦争で、タウゼント帝国とバ・メール王国の連合軍は、アルエット共和国軍に大敗した。


 エドゥアルドは、その事実を今でも忘れてはいない。

 しかし、多くのタウゼント帝国の諸侯はサーベト帝国に対して大勝を得たことにより、共和国に旧来の体制を維持する国家が敗北したという現実を忘れつつある。


 すでに、サーベト帝国とは和平条約の締結に向かって交渉が進みつつあった。

 戦場でサーベト帝国の皇帝を捕虜とするほどの大勝利を得たために交渉はタウゼント帝国にとって有利なもので、かなり多くの領土、そして賠償金を得られることは、ほとんど確実視されている。


 多くの貴族たちは、勝利の[分け前]のことで、浮ついている。

 できるだけたくさんの[パイ]を得ようと、様々な駆け引きが行われている。


(あの勝利は、僕と、ユリウス公爵と、アリツィア王女、そして兵士たちのモノであるはずなのに)


 次期皇帝位を狙うヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトの顔色をうかがい、サーベト帝国軍に包囲され苦境にある民衆を救うことを考えず、いたずらに対陣を長引かせた諸侯がいったい、勝利にどんな貢献をしたというのだろうか。

 そのことを思うと、エドゥアルドは正直、腹立たしい。


 カール11世から恩賞のお墨つきを得ているためにエドゥアルドはこの諸侯の醜い争いには参加せずに済んでいるのだが、1歩身を引いて客観的に見られる分、そのみっともなさがかえってよくわかってしまう。


 そんな諸侯の主張など、知ったことか。

 そう怒鳴りつけて、強引にでも平民の士官学校への入校を推し進めてしまいたいところだったが、しかし、そういうわけにもいかない。


 エドゥアルドが認めたとしても、他の諸侯が受け入れてくれなければ、意味はないからだ。


 結局、エドゥアルドはタウゼント帝国の中では有力な諸侯の1人だとはいえ、小国の主に過ぎない。

 若いながらも多くの改革を実行し、明確な功績をあげていても、なにもかも思い通りに進むというわけではないのだ。


 そういうわけで、エドゥアルドは恩賞をめぐる政争とは無縁でいられても、平民に士官への道を開くことについて、多くの諸侯に対して根回しをしなければならなかった。


 皇帝が賛同する意向を示してくれているということもあり、ノルトハーフェン公国と友好関係にある諸侯を中心に、ぼちぼちと同意してくれる者は増えつつある。

 しかし、ノルトハーフェン公爵家と並ぶ被選帝侯であるズィンゲンガルテン公爵、ヴェストヘルゼン公爵を中心に、未だに大半の諸侯が反対の意志を持っている。


 アルトクローネ公爵と、そして、エドワードにとっては少し意外だったのだが、オストヴィーゼ公爵も今のところ様子見で、中立的な立場を保っている。

 必要性は理解できるが、他の諸侯の反発もあるし、帝国の伝統的な社会体制を崩すようなことでもあるし、軽々しく賛成できない、ということであるらしかった。


 そういうわけで、エドゥアルドは忙しかった。

 毎日、多くの手紙のやりとりがあり、読んだり書いたりするために1日中、執務室に籠もりきりでいるのだ。

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