第326話:「それは、戦い:5」

 行きと同じように帰り道でも、アリツィアを乗せた馬車の車列は順調に進んで行く。

 ノルトハーフェン公国の街道はよく整備されていて、馬車が余裕をもってすれ違えるほどに広く、しっかりとした舗装がされている。


 ノルトハーフェン公国は、交易によって栄えてきた国家だった。

 だからその交易に重要な街道などは、昔から力を入れて整備されてきていた。


 オルリック王国でも、もちろん、街道は重視して整備している。

 王都を始め、主要な都市を結ぶ街道はみな、広く、しっかりと舗装されたものとなっている。

 物流を円滑にして経済を活性化するためというもあるし、自国の軍隊の交通を容易にするためだ。


 だが、ノルトハーフェン公国では、主要な街道はもちろん、少し外れた、オルリック王国では土を踏み固めたままになっているような道まで舗装されている。


 それだけ、ノルトハーフェン公国には財力があるということだった。

 重要な街道だけではなく、他の部分にも多額の予算をかけ、舗装するだけの力があるのだ。

 そしてノルトハーフェン公国における舗装道の割合は、エドゥアルドが公爵として実権を掌握してから、増加に拍車がかかっている。


「本当に、大したものだね……、エドゥアルド公爵は」


 自分よりも年下なのに。

 そんな感心と、わずかな自嘲、そして嫉妬のこもった声で、アリツィアは呟いていた。


 その時、チョイチョイ、と、マヤがアリツィアの服のすそを引っ張った。


〈エドゥアルド公爵様のメイドたちにお聞きしたところ、貧困対策もあり、盛んに道路工事を行っているそうでございます〉


 そしてマヤは、アリツィアに、どうしてノルトハーフェン公国の交通インフラが整っているのかを教えてくれる。


「貧困対策に、道路工事? 」


〈道路工事には、多くの人出が必要です。

 道の形をなるべくまっすぐに、平らかにするためには、丘を切り開き、谷を埋め立て、川などには橋を架ける必要があり、そのために多くの肉体労働者が雇われます。

 単純な肉体労働が主体ですから、手に職がなくとも、体力とやる気さえあれば働くことができます。

 また、力のない者たちも、そういった労働者を支える仕事をすることができます。


 ですから、生業のない者たちに、生活を再建するための元手を作らせるために効果的なのです。

 ルーシェさんから、そう教えていただきました〉


「なるほど……」


 アリツィアは納得したようにうなずきつつ、エドゥアルドの、貧民に対してもきちんと対処している、為政者としての勤勉さに感嘆していた。

 オルリック王国を始めほとんどの国家では、貧民にまで手が回らないか、黙殺されるのが一般的なのだ。


「ところで、マヤ。

 エドゥアルド公爵の使用人たちとは、仲良くやれているのか? 」


 ルーシェの名が出たことでノルトハーフェン公国にやって来た初日にひと悶着もんちゃくあったことを思い出したアリツィアは、そう言って軽くマヤのことをねめつける。


〈はい。

 仲良くさせていただけていると、そう思っております〉


 しかしマヤは、暴走してしまってルーシェをヴァイスシュネー中駆け巡りながら追いかけ回したことなどまるで覚えていないかのような、涼しい顔でうなずいてみせる。


 実際、あれ以来、問題らしいことは起きていない。

 事件のあと、あらためてルーシェの身体のサイズを測らせてもらったマヤは、アリツィアのための衣装を仕立てるかたわら、ルーシェとアンネに着せる衣装をせっせと仕立てている。


 かわいらしい女の子に愛らしいお洋服を作って、着せてあげるのが好きなのだ。

 これは、幼いころから続く趣味、というよりも病気とも言うべきもので、アリツィアは散々マヤの着せ替え人形にされて来たので、その熱心さは骨身に染みている。


 ルーシェのことを冗談めかしてオルリック王国に連れて帰るなどと言っていたのは、半分は本気だった。

彼女のことをきっとマヤが気に入る……、ちょうどいい[お土産]になるし、自分の身代わりにできるだろうと思ったのだ。


 そして予想通り、マヤは非常にルーシェのことを気に入っている。


 アリツィアは少女というよりも大人の女性というものに近い存在になっている。

 その外見も、愛らしいというよりは、美しいというべきものとなっている。


 もちろん、今でもマヤは熱心にアリツィアの衣装を仕立ててくれているが、しかし、少し物足りなさも感じていたようだった。

 美しい女性になったアリツィアに着せて似合う衣装と、マヤが好むかわいらしい[女の子]に着せて似合う衣装は、違うものなのだ。


 物足りなさを感じていたマヤにとって、まだ少女と言って良いルーシェは絶好の相手だったし、アンネという、年齢の割に小柄で少女らしい容姿の持ち主は、もう、たまらない存在だった。


 ここ数日の間は、心なしかいつもよりもマヤが生き生きとしているように見えたほどだ。


 これから山ほど作られる衣装をとっかえひっかえ着せられて、着せ替え人形のようにされるルーシェとアンネの姿を想像し、(気の毒に……)と少しかわいそうに思いながらも、マヤの変わらぬ趣味に、アリツィアは苦笑する。


〈ただ、少し、気がかりなこともございまして〉


 そんなアリツィアに、マヤがそんなことを言って来る。


「ん?

 エドゥアルド公爵の使用人たちと、なにかめごとでも起きそうなのかい? 」


 怪訝けげんそうにきょとんとした表情になって首をかしげるアリツィアに、マヤは小さく首を左右に振って見せた。


〈いえ、そうではなく……。


 エドゥアルド公爵様のお心をつかむのに当たって、注意するべきではないかと思うのです〉

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