第319話:「マヤ:2」
「暴走? 」
エドゥアルドがそう確認すると、アリツィアははっきりとうなずいてみせる。
「この子、マヤは、昔からかわいいモノに目がないんだ」
少し頭痛がするような話だ。
アリツィアは確かそう言っていたが、どうやら、ここからが頭痛のする話であるらしかった。
「それと、この子、昔から裁縫が得意でね。
服を仕立てるのが趣味で、よく私の衣装なんかも作ってくれたんだよ」
アリツィアの言葉を危機ながら、エドゥアルドとメイドたちは
かわいいモノが好きなのも、裁縫が得意で服を仕立てることができるのも、どちらもいいことなのではないかと思えるからだ。
「ただ、この子は……、好き過ぎて、時々暴走するんだよ」
「好き過ぎて、暴走、とは? 」
「服を作ってあげたくなるようなかわいい女の子を見つけると、自分を抑えきれなくなってしまうのさ」
まだ話の全容がのみ込めていないエドゥアルドたちに、アリツィアはため息交じりに説明を続ける。
「この子、いつも紐を持ち歩いているんだが、実はこの紐、服の採寸をするために使うものでね。
手とかに巻いて、サイズをはかるためのものなんだ。
別に紐でサイズをはかるだけなんだが、どうにも、どうしても服を作ってみたい、着せてみたい、という相手を見つけると、暴走しちゃってね。
相手の都合とか気持ちとか考えないで、問答無用でサイズを計ろうとしだすんだよ、この子は」
(……あっ、なるほど! )
そのアリツィアの言葉で、ルーシェには[暴走]という言葉の意味、そしてなぜマヤが紐を手に自分のことを追いかけてきたのかが理解できていた。
マヤは、ルーシェのことを、自分の仕立てた服を着せる相手として気に入ったのだ。
そして服を仕立てるためにサイズを計りたいという欲求を抑えきれなくなり、マヤはルーシェに襲いかかって来たのだ。
「な、なんだぁ~。
私、てっきり、紐で捕まえてやるー、って追いかけて来たのかと……」
ほっとて気の緩んだルーシェは、思わず声を
そして隣にいたシャルロッテから視線だけで「静かになさい」と言われたルーシェは、慌てて自身の口元を両手で押さえた。
「ルーシェの服を、作ってもらえるのか? 」
ルーシェに代わってエドゥアルドがそうたずねると、マヤはコクコクと、何度もうなずいてみせる。
そのうなずき方には、服を作りたいという熱意が込められていた。
「なら、後で服を作ってもらうといい」
微笑んだエドゥアルドがルーシェの方を振り返ってそう言うと、ルーシェはぱぁっと表情を明るくして、嬉しそうに笑う。
自分のために、誰かが服を仕立ててくれる。
そんなことをしてもらえるのは、ルーシェにとっては生まれて初めてのことなのだ。
「いいのかい? そんな安請け合いしてしまって」
しかし、そんなルーシェに向かって、アリツィアが警告するように言う。
「えっ……?
それは、どういう……? 」
アリツィアは時々人をからかうようなところのある女性だったが、今の声色はそういった、遊んでいるような雰囲気がない。
その真剣な言葉の響きにルーシェは戸惑って、不安そうな視線をアリツィアへと向けていた。
「最低、100着だ」
そんなルーシェのことをまっすぐに見つめ返しながら、アリツィアはおどろおどろしい口調で、言う。
「マヤは、気に入った相手には100着は服を仕立てる。
そして、それを全部着せる。
満足するまで引き下がらない。
……相手がたとえ一国の王女様であろうと、この子は遠慮しないんだ。
そのことは私が一番よく知っている」
「ひゃ、ひゃく……」
百着もの衣服を、とっかえひっかえ着せられる。
その光景を想像したルーシェは、
想像もしたことがない服の数。
それを、まるで着せ替え人形のように着せられることとなるのだ。
そんなルーシェのことを、アンネは「大変そうだなー」という顔で見つめている。
「他人事じゃないんだよ、金髪メイドくん」
アリツィアの視線は、今度はアンネの方へと向けられていた。
「言っただろう?
マヤは、かわいいものが好きだ、って。
彼女の[かわいい]のカテゴリーには、多分、キミも入っているよ」
そのアリツィアの指摘で、アンネはおそるおそるマヤの方を見上げる。
「ひぃっ!? 」
そしてマヤがじっと自分の方を見つめていることに気がついたアンネはたじろいで、そんな悲鳴を
「いや、友好国だし、長期滞在することになるからと思って、連れて来たんだけど……。
サーベト帝国との対陣の時には、戦場だからって連れて行けなくて、けっこう不便だし、その、寂しかったものだから。
多分、これからずいぶんお騒がせすることになってしまうと思うけど、なんとか、よろしくお願いするよ」
自分たちのことを着せ替え人形にしようと目論むメイド。
マヤを前にして戦々恐々としているルーシェとアンネに、アリツィアは申し訳なさそうにそう言うと、愛らしくウインクをして見せる。
その背後で、マヤはすまして立っている。
服を仕立てたいという気持ちを暴走させた彼女にも相応に責任というか、反省するべき点があるはずなのだが、少しも悪びれた様子もない。
(お洋服を作っていただけるのは、嬉しいし、楽しみ、ですけど……)
そんなマヤを前にして、ルーシェは期待が半分、不安が半分、といった気持ちだった。
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