第318話:「マヤ:1」

 座って、落ち着いて話がしたい。

 そのアリツィア王女からの要望は、すぐに叶えられることとなった。


 場所なら、すぐに用意できる。

 ルーシェたちは元々、アリツィアを宿泊させるためにせっせと準備をしていたのだ。

 アリツィアのために用意されていた一室は部屋の中にいくつもの部屋があるもので、その中には数人が集まって落ち着いて話すことができる客間も存在している。


 アリツィア王女の言うとおりにするように。

 エドゥアルドにそう命じられたルーシェたちは、少しでも名誉を挽回するべく、素早く動いた。


 まだ残っていた掃除道具などを片づけ、エドゥアルドとアリツィアがくつろげるようにする。

 それから、寒い外から帰って来た2人のために、暖かい飲み物と、お茶菓子を用意する。


 他のノルトハーフェン公国の要人たちは、帰って行った。

 いったい何があったのか、皆が気になっている様子ではあったが、それぞれ仕事を抱えているから長居していられなかったのだ。


「ふぅ……。

 いや、到着して早々、騒がしくなってしまったね」


 自身の希望でルーシェに用意してもらったコーヒーを一口飲むと、アリツィアは人心地がついたように吐息をらしていた。


「まず、順を追って話をさせてもらおう」


 それからアリツィアは、自分と同じようにルーシェのコーヒーを一口飲んで一息入れたエドゥアルドに向かって、そう話をきりだす。


 その場いるのは、エドゥアルドとアリツィア、そして4人のメイドたちだった。

 メイドたちはみな身だしなみを整えなおしてはいるものの、一様にしゅんとしてうなだれている。

 ルーシェたちだけではなく、マヤという名前の眼鏡メイドも、気落ちしている様子だった。


 アリツィアはそんなマヤのことをジロリ、と横目で睨みつけてから、話し始める。


「まず、紹介をさせてもらおう。


 この子の名前は、マヤ。

 私のメイドで、今回、少々長くこちらにいさせてもらうつもりだったから、連れてきた子だ」


 それでようやく、眼鏡メイド、マヤの身元がはっきりとした。


 オルリック王国の、王家に仕えるメイド。

 その説明に、ルーシェたちは感心し、同時に納得もする。


 マヤの整えられた居住まいは、彼女が十分に洗練された、優秀なメイドであることを物語っていた。

 そしてマヤはシャルロッテと同様に、諜報に携わっているような雰囲気がある。


 そんなメイドが仕えているのなら、その主人も普通の人間ではないだろう。

 それが王家の人間、アリツィア王女だというのなら筋は通っているし、その身元は保証されたようなものだった。


「マヤは、私が幼い時から仕えてくれているんだ。

 外見がすごく若く見えるとかじゃないよ?

 私とは1つ違いで、メイドと言いつつ、小さなころは実質的に遊び相手だった。


 今でも、メイドであるのと同時に、友人だと思っている」


 そのアリツィアの言葉に、マヤは一瞬だが、もぞもぞと身じろぎをした。

 友人という言葉に喜んでいる様子だ。


「信頼できると、保証するよ。

 少なくとも、彼女の口から秘密がれることはないと思ってもらっていい。


 たとえ拷問されようと、家族を人質に取られようと。

 絶対に、ね」


「口が堅い、ということですか? 」


 やけに自信ありそうなアリツィアにエドゥアルドが確認すると、アリツィアはニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる。

 その仕草ひとつとっても、アリツィアは美しい。


「しゃべれないんだ、マヤは。


 昔、ちょっとした[事故]で、私の身代わりになって毒を飲んでしまってね。


 以来、声が出せないのさ」


 アリツィアが自身の喉を人差し指でとんとんと軽く叩きながらそう言うと、マヤはコクン、とうなずいてみせた。


「「な、なるほど……」」


 その説明を聞き、思わず、ルーシェとシャルロッテはそう呟いていた。


 マヤが何度も見せていた、喉に手を当て、それから手を顔の前で左右に振る仕草。

 あれは、自分が言葉を発することができないのだということを説明しようとしていたのだ。


 マヤは終始無言で、そのことがルーシェたちには不気味で恐ろしくもあったのだが、理由を聞いてしまえば、自分たちの察しの悪さの方が恥ずかしくなってきてしまう。


「こちらの準備の方がどんな具合か、見てくるように頼んで先に行かせていたんだけどね……。

 まぁ、なんというか、いろいろ迷惑をかけてしまったみたいで。


 本当に、申し訳もない。

 主人として、私からお詫びさせてもらうよ」


 いろいろと納得できた気持ちになっていたルーシェたちに向かって、アリツィアは深々と頭を下げて来る。


「い、いいえ、そんな、おそれ多いことです! 」「そ、そうですっ! 元はと言えば、私がドジをしたからっ! 」「じ、事情があったんですし! それに気づけなかったあたしたちが悪いんです! 」


 エドゥアルドの背後で一列に並んでいたルーシェたちだったが、慌ててしまう。

 メイドのために一国の王女が、いくらプライベートの場とはいえ頭を下げるなどと、普通は考えられないようなことなのだ。


「いいや、こちらにも謝るべき落ち度があるんだ」


 顔をあげたアリツィアだったが、謝罪をしようという気持ちは変わらない様子だ。


 しゃべって喉が渇いたのか、あるいは気持ちを落ち着けるためか、アリツィアはコーヒーを一口飲み込む。

それから、主人の背後ですまして立っているマヤのことをジロリ、と三白眼で見つめた後、エドゥアルドたちの方を振り返った。


 そして心底呆れているような表情で、親指を立てて背後のマヤを指さしながら、言う。


「だって、この子もかなり暴走していたみたいだからね」

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