第314話:「眼鏡メイド、強襲:5」
ルーシェの前にあらわれた、新たな救世主。
それは、ついさっきまで一緒に働いていたメイド仲間、アンネ・シュティだった。
「ルー先輩、遅いなぁ……。
後、なんか、外が騒がしい? 」
どうやらアンネは、水を交換しに行ったままなかなか帰ってこないルーシェのことを心配して、様子を見に来たらしい。
ルーシェが働いていた、アリツィア王女を迎え入れるために準備していた部屋から出てきたアンネは、きょろきょろと周囲を見渡す。
(アンっ!
たっ、助けてっ! )
息が切れて声が出せないルーシェは、必死にアンネに祈った。
アンネはすぐに、廊下を眼鏡メイドに追われながら走っているルーシェとカイの姿に気づく。
気づくのは当然だ。
ドタバタと駆けているのだから騒々しく、わざわざ気を配るまでもなく、ルーシェたちが走り回っていることに気づくだろう。
「えっ、なにやってんですか、ルー先輩!?
えっ、なんで、あたしに向かってまっすぐに来るんですかっ!? 」
アンネは状況がのみ込めず戸惑っている。
だが、ルーシェはそんなアンネの様子にはかまわず、彼女に向かって行った。
もう、誰だって、何だっていい。
背後から疲れを知らない蒸気機関車のように追跡してくる眼鏡メイドから逃れるために、必死だった。
「えっえっえっえっ!?
ちょ、なんなんですかっ!?
ど、どーしてあたしの背中に隠れるんですかっ、ルー先輩っ!!? 」
一直線に駆けより、カイと一緒に背中に隠れたルーシェに、アンネは戸惑っている。
「ちょっと、なにがどーなって……、ひぃっ! 」
そして、ルーシェを追いかけてきた眼鏡メイドの存在に気がつくと、アンネは小さく悲鳴をあげていた。
眼鏡メイドは、やはり一言も発しない。
ルーシェがもう息も絶え絶えなのに、平然としている。
そして、眼鏡メイドは静かな視線で、アンネと、その背中に隠れたルーシェのことを見つめていた。
その獲物を狙うような鋭い眼光に、アンネも恐怖を覚えた様子だった。
「あ、あの……、えっと?
ど、どちら様で、ございましょうか?
あの、いったい、どうしてお屋敷の中を駆けまわって、ルー先輩を追いかけたりしていたんです? 」
だが、アンネはルーシェよりも背が低くとも、年上だった。
その分場数も踏んでいて、アンネはたじろぎつつも、目の前の眼鏡メイドにそう言って、状況を確認しようとする。
眼鏡メイドは、そのアンネからの問いかけに答えなかった。
ただ、彼女はその冷たさと
「あの……、なんでそんなに、見つめてくるのでしょうか……? 」
その視線の無遠慮さに、アンネは少し不快そうに眉をひくつかせながら、それでも口元には笑顔を浮かべながらあらためてたずねる。
その問いかけへの答えは、一瞬だった。
眼鏡メイドは口ではなにも言わず、無言のまま、その手に持っていた紐で、アンネに襲いかかった。
「ぅへぁっ、なっ、なんですかっ!?
ちょっ、ちょっとォっ!!? 」
アンネが戸惑ったような悲鳴を上げたが、眼鏡メイドの行動はあまりにも素早かった。
抵抗する暇もなくアンネは紐を巻かれて行き、脚をもつれさせてステン、とその場に尻もちをついてしまう。
「なっ、なんですか~、コレぇっ!
ど、どーして紐でっ!
ぁぅぅっ、ほどけません~っ!! 」
アンネはなんとか紐から抜け出そうとするが、しかし、複雑に絡み合った紐は簡単には彼女を自由にはしてくれない。
尻もちをついたまま、ジタバタともがいているアンネにはもうかまわずに、眼鏡メイドはその冷たく鋭い視線を、ルーシェへと向けていた。
そして彼女は再び、
次は、お前だ。
まるでそうルーシェに宣言しているようだった。
「あっ、あわわわわわっ……」
ルーシェは恐怖のあまり、ガタガタと震えている。
あまりの怖さに、少し息が整ってきていたのにもう、悲鳴もあげられない。
そんなルーシェに、眼鏡メイドはゆっくりと近づいてくる。
もはや、これまでか。
そう観念したルーシェは、怖さから少しでも逃れるために思わず両目をきつく閉じていた。
だが、ここに来て、意外な援軍があらわれた。
「いったいこれは、なんの騒ぎなのですか? 」
少しいら立っているような、シャルロッテの声。
もっとも頼りとし、尊敬している先輩メイドのその声を聴いた瞬間、ルーシェはぱぁっと表情を明るくすると、声のした方向を振り向いていた。
そこには、戸惑いと怒りと呆れ、そして見慣れぬ眼鏡メイドへの警戒心を内包した、シャルロッテの姿があった。
追い詰められたルーシェが妄想した、幻などではない。
シャルロッテは間違いなく、そこにいた。
ルーシェは、シャルロッテの足元に1匹のネコがいることにも気がついた。
オスカーだ。
(オスカー! 逃げたんじゃ、なかったんだね! )
自分を見捨てて逃げたと思い込んでいたオスカーが戻ってきてくれたことに、ルーシェは二重の喜びを感じていた。
オスカーは逃げたのではなかった。
自分の力では対処できないと判断し、「もっとも頼れる人間」を連れてきてくれたのだ。
これで、助かった。
ルーシェは絶望の底から一気に浮上してきて、晴天を目にしたような心地になっていた。
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