第315話:「メイドVSメイド:1」

「シャーリーお姉さま!

 あの、このメイドさん、お客様だと思うんですけど、けど……! 」


「ルーシェ、あなたはひとまずはなにも言わないでください」


 いったいなにが起こっているのか、ルーシェは自分が理解している限りの情報を伝え、助けを求めようとしたのだが、シャルロッテは淡々とそれをさえぎった。

 ヴァイスシュネーを1周するほど全力疾走してまだ息が整っていない上に、混乱しているルーシェの説明など聞いたところで、話しがややこしくなるだけだと考えたのだろう。


 その冷たささえ感じさせる口調に少しだけ傷ついたが、シャルロッテのことを全面的に信頼しているルーシェは大人しく口をつぐむ。


 シャルロッテは、厳しいだけではなかった。

 ルーシェのことを小さく手招きし、カイと一緒に自分の背中に退避するようにと合図する。


 するとルーシェは、(やっぱり、シャーリーお姉さま、優しいっ! )と表情を明るくし、カイと一緒にさっと素早くシャルロッテの後ろに隠れた。

 そしてしゃがみこんだルーシェは、心強い援軍を呼び寄せてくれたオスカーと、自分を守ろうとしてくれたカイの頭をなでてやる。

 2匹はルーシェにほめられて心地よさそうだ。


「このお屋敷の、公爵家に仕えるメイドの方ではないとお見受けいたします。


 まずは、お詫びを。

 どうやらこちらのメイドが、なにか、大変なご無礼を働いた様子で」


 すっと1歩前に出てルーシェたちを守るように立ったシャルロッテは、公爵家のメイドらしいすました表情で眼鏡メイドのことを見つめ、そう言うと軽く頭を下げて謝罪した。


 その背後で、ルーシェは少し困ったような顔をする。

 実際のところ、彼女は眼鏡メイドに対し、不注意から粗相そそうをしてしまっているのだ。


 が、紐を手に全力で追いかけられるほどのことはしていないはずだ、とも思っている。

 怒られるのは仕方のないことだが、無言で追いかけられて、ルーシェはわけもわからず、とても怖かった。


 ルーシェはしゃがみこんでカイとオスカーを両手で抱くようにしながら、不安そうな表情でシャルロッテの横から眼鏡メイドのことを見やる。


 眼鏡メイドの表情は読みづらい。

 ただ彼女は、その眼鏡の奥から静かな視線でシャルロッテのことを見つめている。


(シャーリーお姉さまに、やっぱり、雰囲気が似てるよね……)


 その眼鏡メイドの姿に、ルーシェはあらためてそう思う。

 間近で2人のメイドが対峙しているのを見ると、なおさらそう思われる。


 クールで、いつも何事にも動じないかのように超然ちょうぜんとしている。

 なんでも上手にこなすことができて、ルーシェにはできないことがたくさんできる、カッコいい、尊敬できる相手。


 そんなシャルロッテは、いつも公爵家のメイドとしての美しいたたずまいを崩さない。

 そして眼鏡メイドも、同じような雰囲気をまとっている。


 外見は全く異なるが、2人は似ている。


「このメイドは、わたくしが教育して参りましたメイドでございます。

 ですから、教え子の間違いは、わたくしの間違い。


 あなたにご納得いただけるようなお詫びを、この子に代わってわたくしがさせていただきたく思います」


 眼鏡メイドのことを観察していたルーシェだったが、そのシャルロッテの言葉でばっと上を見上げる。


(そっ、そんなっ、シャーリーお姉さまが私の代わりに、なんてっ! )


 そんなこと、とんでもない。

 謝るべきなのは自分で、シャルロッテにはなんの落ち度もないというのに。


 だがルーシェは、シャルロッテに「謝らなければいけないのは、私です! シャーリーお姉さまじゃありませんっ! 」と叫ぼうとした言葉を、ぐっと飲み込んだ。

 あなたは何も言わないでいなさい。

 そうシャルロッテに言いつけられていることを思い出したからだ。


「ですが、謝罪をさせていただくのにしても、まずは、なにがあったのか、どこがよろしくなかったのかをお伺いさせていただきたく思います」


 ルーシェが黙っていると、シャルロッテは冷静さを保った声で眼鏡メイドにそうたずねた。

 まずは状況を正確に把握し、この場を円満に解決する手段を模索するつもりであるらしかった。


 その質問に、今まで無言のまま、静かに微動もせずに立っていた眼鏡メイドが、動く。


 やはり、声は出さない。

 その代わり、彼女は自身の喉に手を当て、離した手を自身の顔の前で左右に振るという動作をくり返して見せた。


 それは、ルーシェと初めて会った時にも見せていたジェスチャーだ。


「……?

 喉が、どうかされたのですか? 」


 そのジェスチャーが意図するところがルーシェには理解できなかったが、シャルロッテにもとっさに理解することはできなかったらしい。

 ルーシェがしでかしてしまったことはなにか、とたずねている文脈の中で見慣れない手ぶりをされては、聡明なシャルロッテも困惑してしまう様子だった。


「あの、なぜ、言葉でおっしゃっていただけないのでしょうか? 」


 柳眉りゅうびをしかめ、あらためてシャルロッテがそう問いかけた、その瞬間。


「このォっ!

 さっきは、よくもぉっ! 」


 紐によってからめとられていたアンネがようやくその束縛から抜け出し、怒りの声をあげながら、背後から眼鏡メイドに襲いかかって行った。

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