第299話:「アルエット共和国軍の転進:3」

 アルエット共和国軍が転進し、南方にあったフルゴル王国をその勢力下においた。

 その出来事は、エドゥアルドがサーベト帝国軍との戦線から故国に帰還し、溜まっていた政務を片づけている間に起こった出来事だった。


 どうやらムナール将軍は巧みにその転進を欺瞞ぎまんしていたらしい。

 その指揮下にある主力軍をバ・メール王国との戦線から引き抜き、それを新たに徴兵された新兵たちで補い、見かけ上はアンペール2世が立て籠もる要塞を包囲し続けているように誤認させたのだ。


 その間に、ムナール将軍は自身の軍隊を素早く行軍させ、フルゴル王国へと向かった。

 アルエット共和国軍の転進は素早いもので、その行軍の速度はエドゥアルドたちの常識を外れた速度で実施された。


 その行軍の迅速さによって、ムナール将軍の出現は、アルベルト王子の陣営にとって完全な奇襲攻撃となった。


 これまでアルベルト王子はフルゴル王国の各所に自身の勢力を分散させ、小さな部隊で小規模な攻撃をくり返すゲリラ戦術でリカルド王子に対抗していた。

 しかし、その行動を支援していたズィンゲンガルテン公国がサーベト帝国の攻撃を受け、アルベルト王子への支援が実行できなくなったために、その活動は低調となっていた。


 そこに、ムナール将軍が率いるアルエット共和国軍、10万を超える軍勢が来襲した。

 元々各所に分散配置されていた上にズィンゲンガルテン公国からの支援がなくなり弱体化していたアルベルト王子の陣営はなすすべがなく、あっという間に駆逐されてしまった。


 ただ、アルベルト王子は、捕らわれることもなく、無事だ。

 なんとかアルエット共和国軍の追撃を振り切り、海路をとって逃避行を続け、ズィンゲンガルテン公国に亡命してきている。


 こうしてリカルド王子はフルゴル王国の王冠をその頭上にいただき、リカルド4世として王位についた。


 ただ、リカルド4世は王位を得た代わりに、その王位に伴っているはずだった権力の大部分を失ってしまった。

 ムナール将軍はアルエット共和国へと帰還したものの、フルゴル王国へと進出した共和国軍の半数以上がフルゴル王国へと残り、逃亡したアルベルト王子の反撃からリカルド4世を守ることを建前に駐留し続けているのだ。


 つまり、実質的に、フルゴル王国はアルエット共和国の属国へとなり下がったのだ。


 その出来事をエドゥアルドが知らされた時には、すでに、すべてのことが済んだ後だった。

 ムナール将軍は自身の軍隊を南へと転進させたことの欺瞞ぎまんに成功し、バ・メール王国のアンペール2世はずっと共和国軍の主力は目の前にいると思っていた。


 ようやくなにが起こったのかの報告がもたらされたのは、フルゴル王国の掌握を終えたムナール将軍がバ・メール王国への抑えとして残しておいた軍を引き上げたことと、逃げ出したアルベルト王子がズィンゲンガルテン公国に亡命して来てからのことだった。


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(後手に回ってしまった……)


 エドゥアルドは、何人もの伝令や使者からもたらされた情報をまとめてきたヴィルヘルムから報告を聞き終えた時、苦虫を噛み潰したような渋面を作るしかなかった。


 自分たちが気づかない間に、アルエット共和国はその勢力圏を大きく拡大させてしまっていた。

 なぜそれに気づかなかったのかと、エドゥアルドは自分が情けなかった。


 アルエット共和国の南にあった、フルゴル王国。

 それが、ムナール将軍の手によって、アルエット共和国の影響下に入った。


 これはつまり、アルエット共和国がバ・メール王国とタウゼント帝国と対峙していくのに当たって、その後背の脅威が完全になくなり、その全力をエドゥアルドたちに振り向けることができるようになったということだ。


 さらに厄介なのは、フルゴル王国がアルエット共和国の属国同然となったことだった。

 一応、フルゴル王国はリカルド4世を国家元首とする独立国家という体裁を保ってはいるものの、その国内の中枢部分には有力なアルエット共和国軍が駐留し、リカルド4世の行動を監視下に置いている。


 強い影響下に置かれたフルゴル王国は、アルエット共和国の思惑に沿って行動する以外にない。

 ムナール将軍が一声「参陣せよ」と命ずれば、フルゴル王国の軍隊が、タウゼント帝国との戦争にアルエット共和国側で参戦するのだ。


 フルゴル王国が自力でこの状況を抜け出してくれればいいのだが、フルゴル王国軍は、現状、かなり弱体だった。

 内戦状態が続いたことで疲弊しているだけではなく、内戦の影響でフルゴル王国の経済は低迷しており、兵士たちに十分な武装を施せないだけではなく、満足な食事さえ与えることができていないのだ。


 だから、フルゴル王国軍の戦場での脅威度は、さほど大きくはない。

 しかしフルゴル王国軍に後方支援をさせれば、アルエット共和国はより多くの戦力を前線へと派遣できる。


 フルゴル王国軍が弱体だとしても、アルエット共和国軍の作戦を大きく補強することができるのだ。

 そしてそれは、エドワードたちにとっては脅威以外の何物でもない。


 リカルド4世はここから自国の経済と国軍とを立て直そうとするだろう。

だが、一度影響下においたフルゴル王国をアルエット共和国もムナール将軍も簡単には手放そうとしないだろうし、フルゴル王国に駐留させた共和国軍の武力を頼みにして、様々な干渉を行ってリカルド4世を束縛そくばくするのに違いなかった。


 エドゥアルドは今まで、アルエット共和国にどう対処するかを考えればよかった。


 民衆の革命により王政を打倒し、民衆が、自分自身の力で国家を統治するようになったアルエット共和国。

 その、古く強大な国家であるタウゼント帝国にはない[勢い]を持った新しい国家の存在は、タウゼント帝国だけではなく、議会を開いて平民を国政に参画させようとしているエドゥアルドにとっても脅威だった。


 平民の力を国政に取り入れる。

 その方針をエドゥアルドはこれからも続けるつもりだったが、かといって、タウゼント帝国で伝統的に続いて来た貴族社会をすべて消し去ってしまうつもりはなく、自分自身も公爵であり続けるつもりでいるからだ。


 そして、エドゥアルドが公爵であろうとするかぎりきっと、アルエット共和国の民衆にとって、エドゥアルドは敵対者と見なされるだろう。

 なぜならアルエット共和国とは、民衆の上に他の何者も置くことを拒絶した人々が作り上げた国家だからだ。


 そしてなにより、すでにタウゼント帝国は彼らに対し、[その存在を認めない]との意思を突きつけてしまっている。

 バ・メール王国軍と共に、王族を処刑したアルエット共和国の民衆に対して[懲罰]を加えようと、攻め込んでしまったからだ。


 アルエット共和国軍が転進したために一時的に交戦状態は脱したが、タウゼント帝国とアルエット共和国との間にはなんの講和条約も結ばれてはいない。

 戦争状態のままであり、フルゴル王国から主力を引き上げたムナール将軍の意向次第ではまた、すぐに交戦が始まるのに違いなかった。


 アルエット共和国という、新しい、大きな力を内包した存在。

 それと対峙たいじしていくことは、共和国軍をムナール将軍という軍事の天才が率いているということもあって、エドゥアルドにとって悩ましい問題だった。


 そんな、ただでさえ厄介だったアルエット共和国に、フルゴル王国の力までも加わってしまった。

 それは、想像もしたことがないほどの強敵が出現したということを意味していたのだ。

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