第298話:「アルエット共和国軍の転進:2」

 バ・メール王国から共和国軍を転進させたムナール将軍の新たな目標は、アルエット共和国の北方にあるバ・メール王国から、南方へと向けられていた。


 アルエット共和国は、ヘルデン大陸の西側にある国家だ。

 北にはバ・メール王国、東にはタウゼント帝国、西には海を隔ててイーンスラ王国があり、そして、南でフルゴル王国と接している。


 そのフルゴル王国では、数年前から、内戦が続いていた。

 先代の王が正式な後継者を定めないまま崩御し、王位継承権を持っていた2人の王子が、王位をめぐって争っているのだ。


 1人は、リカルド・ヒラソル王子。

 もう1人は、アルベルト・ヒラソル王子。


 通常、王位の継承権とは、明確に順位を定めておくものだった。

 そうしなければ、誰が次の王位を、一国の統治者という絶大な権限を手にするかで、もめるに決まっているからだ。


 しかし、この2人の王子には、明確な序列が決められていなかった。

 先代の王がどちらに優先的な王位継承権を与えるのかを決めかねているうちに、崩御してしまったからだ。


 先代の王が王位継承権の序列を決められなかったのには、もちろん、理由がある。


 リカルド王子とアルベルト王子。

 この2人は、年齢が同じであるだけではなく、生まれた日さえ同じだったのだ。


 双子、というわけではない。

 異母兄弟なのだが、偶然、生まれた日が重なってしまったのだ。


 そして、リカルド王子とアルベルト王子を生んだ母親がそれぞれ有力な家から嫁いできていたことが、問題をより複雑なものとした。


 リカルド王子の母親は、アルエット王国の王族出身で、先に外国に嫁いでいたために革命を生き残った王族の1人。

 そしてアルベルト王子の母親は、タウゼント帝国の被選帝侯、ズィンゲンガルテン公爵・フランツの姉。


 片や王族、片や公爵家の出身。

 その差は歴然であるように思われるが、しかし、タウゼント帝国の[公爵]とはタウゼント帝国の皇帝に選ばれる可能性があるということであり、実質的には王族と同格と言ってよかった。


 そんな、同レベルの有力な貴族の家から嫁いできた姫だったから、フルゴル王国の先代の王は、その2人の姫君の序列を決めることができなかった。

 あちらを立てれば、こちらが立たない。

 そんな袋小路に陥ってしまっていたのだ。


 そのせいもあって、リカルド王子とアルベルト王子の[どちらの王位継承権が優先されるか]という問題は、先代の王の存命中から、激しく争われて来た。


 王位の継承権は、生まれた順番によって決められることが多い。

 それは言ってみれば人智の及ばない[天の采配]であって、その生まれた順番で王位の継承権の順位を定めることは、多くの者が納得する[公平さ]を持っていた。


 どちらが先に生まれたのか。

 それ次第で、王位の優先的な継承権が誰に与えられるのかが決まってしまう。


 そのせいで、リカルド王子とアルベルト王子は、その誕生したとされる時間が徐々にくりあがって行った。

 2人がまだ赤子の内から、それぞれの背後にいる母親とその出身となった家、それに関係する有力者たちが暗躍し、「どちらが先に生まれたか」を争ったのだ。


 結果、2人の王子が生まれたのは、その誕生日の最初の1秒目、ということになってしまっている。

 さすがに日づけまで変えることは踏みとどまったようだったが、徐々に早まって行く2人の誕生[時]は、行き着くところまで行きついてしまい、生まれた時刻では王位継承権の順番を決めることができなくなってしまった。


 生まれた順番で王位継承権を決められないというのなら、後は、どうやって決めるのか。

 結局は母親の血統で決める、ということになるのが普通なのだが、しかし、リカルド王子をアルベルト王子の母親はどちらも同程度の身分と権勢の持ち主であるから、それでは決着がつけられない


 結局、王位継承順が定まらないまま先代の王は崩御し、互いに「我こそが正当な王位継承者」と名乗りをあげたリカルド王子とアルベルト王子は、王位をめぐってそれぞれの軍を立ち上げた。

 それぞれの軍隊の後ろ盾には母親とその一族がつき、フルゴル王国は完全に二分されてしまったのだ。


 リカルド王子とアルベルト王子の力は、どちらも拮抗していた。


 内戦が始まった時、リカルド王子の母親の出身であるアルエット共和国の王家は民衆が起こした革命によって衰退し、大きな支援は望めない状況ではあったが、リカルド王子はいち早く行動を起こしたために、フルゴル王国の王都を始めとする主要な地域を掌握することに成功していた。

 一方のアルベルト王子の陣営は、ズィンゲンガルテン公国からの支援を受け、フルゴル王国の各地にその勢力を分散しつつも根強く勢力を張り、リカルド王子と一進一退の攻防を続けた。


 その内戦に、バ・メール王国との決着を容易にはつけられないと悟ったムナール将軍が目をつけたのだ。


 ムナール将軍は、驚くべきことに、リカルド王子と手を結んだ。

 アルエット共和国の民衆が革命の末に打倒し、処刑するのに至ったはずの、民衆にとって憎むべき存在である王族の血を引くリカルド王子を、ムナール将軍は支援したのだ。


 これは、リカルド王子の陣営が自ら望んだことでもあった。


 アルエット王国がアルエット共和国となり、その支援が期待できなくなったリカルド王子の陣営はアルベルト王子の反抗に苦しめられていた。

 そして内戦が長期化し、フルゴル王国が本格的に分裂しようという情勢にまで至り、ついに「背に腹は代えられない」と、かたきとも言うべき民衆の英雄であるムナール将軍に助けを求めたのだ。


 アルベルト王子は、ズィンゲンガルテン公国を中心として、タウゼント帝国を味方につけている。

 それに対抗できる力を持っている勢力の中でリカルド王子となんらかの[関わり]があったのは、アルエット共和国しかなかったのだ。


 たとえ、王国が打倒され、王族が駆逐されたのだとしても、すべての親類・血縁者が駆逐されたわけではない。

 リカルド王子は革命を生き残った人脈を駆使して、ムナール将軍との協力関係を構築した。


 バ・メール王国との戦況が膠着こうちゃくしていたムナール将軍は、これを渡りに船、と、軍を転進させ、フルゴル王国へと向かった。

 バ・メール王国は滅ぼせなかったまでもすでに大きく弱体化しており、再びアルエット共和国に侵攻してくる恐れがなかったし、タウゼント帝国はその南方でサーベト帝国軍との対陣を長く続けており、しばらくはアルエット共和国に干渉できない。


ムナール将軍からすれば、自国の後背にあたるフルゴル王国を掌握する良い機会だと思えたのだろう。


 ムナール将軍に率いられたアルエット共和国軍の転進は、素早かった。

 共和国軍はタウゼント帝国軍の常識では考えられないような速度で進軍し、フルゴル王国へと進出すると、各地に分散していたアルベルト王子の勢力を次々と粉砕し、リカルド王子こそ正式な王であるとして、戴冠たいかんさせてしまったのだ。

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