第296話:「富国と強兵:3」

 エドゥアルドがノルトハーフェン公国の国内に専念し、忙しく働いているうちに年が明けていた。


 年の初め、1月は、エドゥアルドが生まれた月でもある。

 このため、忙しい公務の合間をうようにして、新年の祝いも兼ねて、エドゥアルドの誕生日を祝う盛大なパーティ―が開かれた。


 今年で、エドゥアルドは16歳になった。

 公爵としての実権を手にし、ノルトハーフェン公国の統治を始めてからすでに、2年が経過している。


 ノルトハーフェン公国は、エドゥアルドの統治の下で着実に進歩していた。

 その経済は相変わらず好調で、将来的に鉄道が開通して物流が円滑になることを見越して新たな工場などの建設が進みつつある。


 ノルトハーフェン公国で慣習的に用いられてきた法制度を整備し、明文化したことによって行政効率やその信用も向上しており、ノルトハーフェン公国でなら安心して商売ができると、新たに進出を決めた企業も数多い。


 その一方で、都市部への人口流入が問題となりつつあった。


 農業生産技術の進歩によって、元々、ノルトハーフェン公国を含むタウゼント帝国全体で、人口の増加する傾向があった。

 それまで一般的だった三周期輪作から改良された四周期輪作の拡大により、農業生産力だけではなく畜産の生産力も向上しつつあり、そうして食料が豊富に得られるようになった結果の必然として、人口が増大することとなったのだ。


 だが、人口が増えたからといって、そのすべての人々にそれぞれの生業なりわいが用意されているわけではない。

 古くから開発されて来たノルトハーフェン公国の国土には、開拓さえすれば高い生産力が見込めるような都合の良い未開の地というものは、ほとんど残っていなかった。

すでに開発済みの土地は誰かの所有物であり、農村部で増加した人口のすべてがそのまま農民として生きて行けるわけではなかったのだ。


 そのために、農村部で職に就くことができなかった者たちの多くが、都市部へと流出していった。

 都市部であればなんらかの職にありつくことができ、生計を立てていくことができると思われたからだった。


 そうして生まれてしまったのが、たとえば、ルーシェがかつて暮らしていたスラム街だった。

 農村部から都市部へと急激に流入した人口のすべてを受け入れられるほどの職場は、都市部にもなかったからだ。


 これには、行政側の問題も大きかった。

 人口の流入による都市の無秩序な拡大(スプロール現象)に行政側の対応が間に合わず、必要な支援をすることも、インフラを整備することができなかったのだ。


 しかしこの都市部へと流入した大量の人口は、工場などの産業の発展に大きく寄与しつつあった。

 都市部に集まった人々は実業家たちから見れば安価にしかも必要なだけ雇い入れることのできる労働者であり、そういった労働者の存在が産業革命を支えていた。


 繊維・織物工業などの軽工業から、鉄鋼業などの重工業まで。

 都市部に集まった人々は労働者となり、水力、蒸気機関などの機械力を導入して生産力の増した工場を稼働させ、様々なモノを大量生産しつつある。


 順調に、ノルトハーフェン公国は成長しつつあった。

 ただ、その成長を維持し続けるのは大変だ。


 モノを生産したのなら、それをどこかに売らなければならない。

 優れた商品を数多く生産できたとしても、それを販売して収入を得なければ、結局はなんの儲けにもならないからだ。


 かといって、製品が余るからと言って生産をやめてしまうわけにもいかない。

 その工場で使用している設備には維持費もかかるし、なにより、雇っている労働者たちには賃金を支払わなければならない。

 工場は、操業を止めればそれだけ負債が積みあがっていくものなのだ。


 人口が増加し続けているとはいっても、ノルトハーフェン公国の工場で生産された製品のすべてを公国の中だけで消費しきることは不可能だった。

 大量生産された製品の数はあまりにも膨大なものだからだ。


 国内で消費しきれないものは、国外に販路を求めるしかない。

 そして自国の製品を国外に販売するためには、諸外国との健全な交易関係を結べていなければならない。


 つまり、外交が経済の活性化と発展のためには大切だった。


 エドゥアルドは自身が誕生日を迎え、また1つ年を取ったのだということをゆっくりと実感しているようないとまもなしに、外交活動を活発化させていた。

 すでにノルトハーフェン公国の近隣諸侯との間には友好関係を結び、交易を行っているが、増大しつつあるノルトハーフェン公国の生産力によって生み出される商品を売りさばくには、それだけでは市場が小さかった。


 エドゥアルドは近隣諸侯よりもさらに先に手をのばし、タウゼント帝国のさらに多くの諸侯とも交易関係を結べるように努力した。

 それだけではなく、オストヴィーゼ公国の前公爵、隠居したクラウスや、知己ちきを得ていたアリツィア王女の力なども借りて、オルリック王国とも交易関係を取り結ぼうとした。


 これは、タウゼント帝国とはまったく別の外国でもあり、外交交渉を行うには皇帝・カール11世の意向も確認しなければならなかったが、エドゥアルドに好意的なカール11世はエドゥアルドの望みを容認してくれた。

 クラウス前公爵やアリツィア王女の口利きもあって、オルリック王国との交渉は順調に進み、正式な交易開始も現実のものとなりつつあった。


 このオルリック王国との取引には、エドゥアルドにとって嬉しい誤算もあった。

 ノルトハーフェン公国が輸出する商品の代金の一部として、オルリック王国で飼育されている軍馬をノルトハーフェン公国に譲渡してもらえることになりそうなのだ。


 しかも、ノルトハーフェン公国に譲渡されるのは、あの、サーベト帝国軍を打ち破るのに決定的な役割を果たした精兵、有翼重騎兵フサリアが使用している種類の軍馬だった。


 譲渡されるのは、100頭余りの軍馬たちだった。

 兵力としてすぐに役に立つような数ではなかったが、ここから繁殖させ、増やしていけば、いつかはノルトハーフェン公国でも精強な騎兵集団を保有することができるはずだった。


 富国と強兵。

 その両輪はとどまることなく回り続けていた。

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