第295話:「富国と強兵:2」
富国と強兵は、車輪の両輪のようなものだった。
豊かな経済力がなければ、強力な軍隊を保有することはできない。
相応の実力を持った防衛力がなければ、豊かな経済による繁栄を守ることはできない。
だからエドゥアルドは、限られた予算というリソースを、適切に配分していかなければならない。
どちらか一方の車輪が欠けてしまっても、それだけでノルトハーフェン公国はうまくいかなくなってしまう。
脱線してしまうのだ。
加えて、ノルトハーフェン公国では現在、アルエット共和国を模範として徴兵制を実施し、その常備兵力を拡大させている。
徴兵制度による軍隊というのも、運営していくためには多額の資金が必要だった。
そもそも徴兵といっても、兵士になった者たちにまったく賃金を払わないということはできないし、兵士たちには軍服を着せて適切に武装させ装備を整える必要があったし、毎日安心して休める場所や、飢えさせないために十分な食事を提供しなければならない。
昨年に開始された徴兵による兵士たちは、報告によればひとまずは形になってきているようだった。
戦列歩兵として整然と隊列を組んで戦う訓練を積み、すでにタウゼント帝国軍の標準的な歩兵部隊並みの能力を獲得しつつある。
しかし、兵士たちに与えるための小銃が十分ではなかった。
オズヴァルトとの(半ば脅迫同然の)交渉によってエドゥアルドは彼が保有している兵器工場を半国有化している
このおかげで、新型の野戦砲を開発して装備させたり、兵士たちに必要な数の小銃を装備させたりすることができていたのだが、それはあくまで出征したノルトハーフェン公国軍についてのことで、国内に残る部隊にまで十分な兵器を供給できているわけではなかった。
一部の部隊には、木製の模擬銃が配備されているだけで、実質的な戦闘力はないに等しい。
オズヴァルトの工場は現在、フルに稼働しているような状態だったが、アルエット共和国との戦争で失われた戦力を再建するための、各諸侯からの需要もまだ残っており、当面の間模擬銃を装備した部隊は存在し続けると思われた。
(いっそのこと、完全に自前で兵器工場を持つべきか……)
エドゥアルドは今現在どれほど兵器が足りていないのかをまとめた資料に目を通しながら、そんなことを思う。
半国営化したとはいえ、オズヴァルトの兵器工場の残りの半分は民営のままだ。
そしてその残りの半分は、いくらノルトハーフェン公国軍の兵器が足りていなかろうと、エドゥアルドの自由にはできない。
オズヴァルトと正式な契約を結べばその生産力も活用できるが、それはオズヴァルトが様々なオファーを比較検討したうえで、エドゥアルドとの契約を最善だと判断しなければ成立しないことだ。
国家権力によって強制することも不可能ではなかったが、公国に議会を開設するなどして自身の独裁権力を自発的に放棄しつつあるエドゥアルドには、そんなことをする意志はなかった。
民間の自由に任せていては、国家にとって危急の時に、十分な質と数の兵器を用意できなくなるかもしれない。
徴兵してどんなに大勢の兵士をそろえたところで、武器もなしに戦わせていては戦争に勝てるはずもない。
ならばいっそ、エドゥアルド自身が工場を建ててしまえばいい。
だが、それを実行するにしても、工場の立地条件や、そこで働く管理者、技術者、労働者、製造に必要な工作機械、材料をどうやって確保するかという問題がある。
建物だけポンと建ててみても、工場はなにも生産してはくれないのだ。
(馬も、問題だな……)
いったんこの問題は置いておくことにして、エドゥアルドは騎兵部隊の拡充について考え始める。
馬は、言うまでもなく生き物だ。
人間の都合によって、好きな時に好きなだけ数を増やす、というようなことは難しい。
数千頭もの馬が必要だからといって、それだけの馬を、しかも軍馬として適した種類と年齢の馬をそろえるためには、徐々に馬を繁殖させて増やしていかなければならない。
そしてそれだけの数の馬を繁殖させ続け、養い続けるだけの施設と人員を確保しなければならない。
馬の質も、問題だった。
軍馬は、馬という動物であればなんでもいい、というわけではない。
調教によって、戦場で轟く砲声や銃声にも驚かず、主の命令に忠実に従って敵に向かっていくことができるようになる、そういう気性を持った馬が必要だった。
それに加えて、長時間の戦闘に耐える持久力や、敵に追いつくための速力、武装した兵士を乗せて走ることのできる
一応、ノルトハーフェン公国にはそういった目的にかなう種類の馬がいる。
だが、オルリック王国軍の
(アリツィア王女に、相談してみようか……)
執務机の前でイスに深く腰かけながら両腕を組み、悩んでいたエドゥアルドはそんなことを思う。
品種改良していく、という手もあるが、それよりも、実際に欲しい種類の馬を輸入して増やした方がずっと早く目的を達せられるだろう。
しかし、軍馬としての質が高い種類の馬というのは、言ってみれば軍事機密のようなものだったし、それを外国に輸出するということは最新鋭の兵器を輸出するようなものだった。
アリツィア王女はきっと頭ごなしに断るようなことはしないだろうとエドゥアルドには思えたが、タウゼント帝国以上に諸侯の力が強いというオルリック王国から軍馬を輸入するというのは、アリツィア王女を味方にできたとしても難しいことかもしれない。
エドゥアルドにとっての悩みは、尽きなかった。
悩むエドゥアルドの周辺では、ルーシェが忙しく、だが、エドゥアルドの邪魔をしないように静かに、働き続けていた。
エドゥアルドを、公爵としての仕事に専念できるようにする。
ルーシェはそれが自身の仕事だと心得ていた。
(頑張ってくださいね、エドゥアルドさま! )
ルーシェは、手をつけられないまま冷めてしまったコーヒーを片づけ、暖かい新しいモノへと交換しつつ、エドゥアルドのことを見つめながら心の中だけで
そんなルーシェの姿に、エドゥアルドは気がつかない。
ずっと、考えごとに集中し続けている。
それはルーシェにとって少し寂しくもあることだったが、そんなエドゥアルドだからこそ、ルーシェは支えたいとも思っていた。
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