第282話:「次世代:2」
戦勝パーティは、すでに2時間も続いている。
皇帝に祝意を述べるために大勢の諸侯が集まり、1人1人、皇帝の御前に進み出て祝意を述べなければならないのだから、時間がかかるのは当然だった。
しかし、時間が経つにつれ、徐々に人の数は減りつつあった。
皇帝に対して祝意を述べ終えた諸侯のうち、所用があるなどと言って退出していく者が段々と増えてきているからだ。
貴族にとってパーティとは、重要な社交の場だった。
多くの貴族が集まる場で様々な相手と交流し、知己となって、できれば好意的な関係を結ぶというのは、貴族にとっての政治そのものだった。
だが、やはりずっと立ち話を続けていると疲れるし、
一番大切な皇帝への祝意を述べ終え、気になっている相手とあらかた顔を会わせてしまうと、それでもう十分と、さっさと帰ってしまう諸侯はけっこうな数がいる。
しかし、エドゥアルド、ユリウス、アリツィアの、次世代を担うと目される3人は、パーティの最後の方まで残っていた。
3人をたずねて来る諸侯の列がなかなか途切れなかったからだ。
「やれやれ。
私の国でもそうだが、なかなか、この国の諸侯の相手をするのも、大変だね」
ようやくたずねて来る諸侯の列が途切れると、今まで愛想よくにこやかに応対していたアリツィア王女がまず、疲れたような表情を見せながらそう言った。
「にこにことした笑顔の裏に、打算や思惑ばかり詰め込んで。
家を守り、発展させなければならないって思うのは、私も王族だから理解できるけど、私のことを[アリツィア]ではなく[王族]としか見ていない輩には、うんざりするね。
私は都合のいいお人形さんではないんだよ? まったく……」
アリツィアの言葉には、わずかに不快感がにじんでいる。
アリツィアをたずねてきた貴族にはもちろん、オルリック王国の王族と知己になっておきたいと思っている者も大勢いたが、中にはもっとあからさまに、アリツィアと政略結婚を狙っている者もいた。
アリツィアは美しい女性であるうえに、あわよくばオルリック王国の国王の父親として権力を振るい、実質的に王家を乗っ取ることさえ望めるのだから、野心を抱く者は少なくなかった。
そういった者は、アリツィアを必要としているのではなく、アリツィアという[王家の血筋]を必要としているだけだ。
その魂胆がわかるからこそ、アイツィアは不愉快なのだろう。
「ところで、エドゥアルド公爵、ユリウス公爵。
お2人も、大層な人気だったね?
さすが、将来の皇帝候補というだけのことはある」
そんな不愉快な気分をあらためるためでもあるのだろう。
アリツィアはようやく諸侯の列が途切れたことで安心していたエドゥアルドとユリウスに、茶化すような視線を向ける。
「いっそのこと、2人のどちらかが次の皇帝になって欲しいものだね。
ベネディクト公爵や、フランツ公爵ではなく。
その方がきっと民衆は幸せだろうし、私としても、やりやすい。
少なくとも、私と、エドゥアルド公爵とユリウス公爵との考え方には、共通する点が見いだせるからね。
なんなら……」
そこでいったん言葉を区切ったアリツィアは、エドゥアルドとユリウスがこちらに注目するのを待ってから、ささやくように、
「私がお嫁さんになってあげても、いいよ? 」
そのアリツィアの言葉に、エドゥアルドは動揺して思わず、咳き込んでしまう。
冗談とはいえアリツィアがそんなことを言い出すとは、まったく予想していなかったのだ。
すると、アリツィアは酒が入っているわけでもないのに実に楽しそうに、明るい笑みをこぼす。
「あはっ!
エドゥアルド公爵は、初心だねぇ~!
その点、ユリウス公爵はさすが、落ち着いているね。
でも、少し悔しくなっちゃうかな? 私に魅力がないみたいで」
「いえ、アリツィア王女は、魅力的な女性だと思っています」
アリツィアの冗談にこたえるユリウスは、いたってまじめだった。
「しかしながら、
加えて、自国を治めることさえ十分にできてはいませんし、皇帝などと、そのような大きな責任のある地位につくなど、考えも及ばないことです」
「ユリウス公爵は、ずいぶん、謙虚だね。
私に言わせれば、ユリウス公爵は十分立派だし、皇帝だって務まると思うけれど。
それで、エドゥアルド公爵。
貴方の方は、どう思っているのかな? 」
アリツィア王女はユリウスから、ようやく呼吸を整え終えたエドゥアルドの方へと視線を向けると、この話題を続けた。
エドゥアルドは、ユリウスのように即答できない。
自分が、皇帝になる。
そのことに、確かな魅力を感じているからだ。
ベネディクトとフランツ、そのどちらが次の皇帝になるのだとしても、エドゥアルドにとってそれは大きな違いのないことだった。
なぜなら、2人のどちらが皇帝になっても、タウゼント帝国はこれまでの旧態依然とした国家であり続けるのに違いないからだ。
それでは、いけない。
アルエット共和国のような、平民の力によって支えられる新しく強い国家に対し、太刀打ちできないかもしれない。
そしてなにより、貴族どうしの政争の中で、民衆はもてあそばれ続けるだろう。
そんな国家であり続けることを、やめさせるには。
もう、エドゥアルド自身がトップに立って、自ら改革を断行するしかないのではないか。
ヴィルヘルムに、そそのかされたからだけではない。
エドゥアルドは公爵として働くうちに、そんな気持ちを強く持ち始めている。
「アリツィア王女、あまり、冗談でからかうのはおやめください」
しかしエドゥアルドは、首を左右に振っていた。
「僕は、まだ成人にもなっていないのです。
ユリウス公爵でさえできないとおっしゃるようなことを、年少の僕ができるはずはないでしょう」
「……ふ~ん? まぁ、そういうことにしておこうか」
そのエドゥアルドの返答に、アリツィアは少しつまらなさそうな顔をしたが、空になっていたグラスを近くのテーブルの上に置くと、「さて、と」と呟いて話題を変える。
「そろそろいい時間だし、皇帝陛下もお帰りになられるようだ。
私たちもそろそろ、下がって休ませてもらおうかな」
その言葉に、エドゥアルドとユリウスはお互いの顔を見合わせる。
それから2人は、侍従長が大きな声で「皇帝陛下がお帰りになります」という言葉を聞いていた。
皇帝が帰るというのなら、もう、この場にい続ける理由もない。
「そうですね。そろそろ戻りましょう」「
アリツィア王女の提案に、エドゥアルドもユリウスもうなずいていた。
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