第281話:「次世代:1」

 皇帝への祝意も無事に述べることができ、恩賞の確約も得ることができた。


 後は、隅でゆっくりと、用意された食事を楽しみたい。

 そんな思いがエドゥアルドの本心ではあったが、しかし、それは叶わぬ望みだった。


 エドゥアルドは今回の戦いで、大きな功績をあげた。

 昨年のアルエット共和国に対する侵攻作戦でも、エドゥアルドは活躍している。

 それは、元々ノルトハーフェン公国での改革を推し進め、富国強兵を成功させつつあったという評判と合わせて、エドゥアルドの名声を大きく高める出来事だった。


 できれば、エドゥアルドと知己ちきになっておきたい。

 そんな考えを抱いた諸侯の数は多く、エドゥアルドは目立たない隅の方にいたのにも関わらず、大勢の諸侯が入れ代わり立ち代わり、押しかけて来た。


 そのためにエドゥアルドは、次々とやってくる諸侯に応対し続けなければならなかった。

 そしてその諸侯たちに、アリツィアも応対しなければならなかった。


 自分に声をかけようとする貴族たちから守って欲しい。

 アリツィア王女のそんな願いをエドゥアルドはこころよく了承したのだが、かえって人を呼び込んでしまう形となってしまった。


 しかしエドゥアルドもアリツィアも、にこやかに、愛想よく諸侯たちに接し続けた。


 できればゆったりと食事や飲み物を楽しみたい。

 そんな本心はあったものの、2人とも、この戦勝パーティは社交の場であり、貴族同士の政治の場であると知っていたし、このようなことになる覚悟はしていたのだ。


 やがて皇帝への祝意を述べ終えてユリウスが戻ってくると、さらに大勢の諸侯が集まって来た。

 エドゥアルドとアリツィア王女だけではなく、ユリウスとも知己になっておきたいと望む諸侯は、大勢いたのだ。


 現在、タウゼント帝国の貴族社会では、2人の有力な貴族が権勢を誇っている。

 それは今さら言うまでもなく、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトと、ズィンゲンガルテン公爵・フランツの2人だ。


 次期皇帝位をめぐる対立を水面下で戦っている2人のために、貴族たちは3つの派閥にわかれている。


 1つは、ベネディクトを支援する派閥。

 もう1つは、フランツを支援数派閥。

 そして3つ目は、どちらにつくかを決めかねている派閥だ。


 帝国南部にサーベト帝国が侵略してくる以前は、ベネディクトとフランツの勢力は拮抗するか、ややフランツの方が優勢であった。

 武断的な雰囲気の強いベネディクトよりも、政治的なセンスを有するフランツの方が支持を集めていたのだ。


 しかし、その勢力バランスは、ヴェーゼンシュタットの攻防戦で一変した。

 長い籠城戦の間にベネディクトは政治工作を行い、自身の味方を増やし、フランツの勢力を切り崩しただけではなく、ズィンゲンガルテン公国が戦争による荒廃によって国力を削がれたことで、フランツから鞍替えした諸侯も多かったからだ。


 フランツは現在、その状況の巻き返しを図っている。

 今も彼は精力的に諸侯の間をたずねて回り、少しでも多くの支持を集めようと奔走ほんそうしている様子だった。

 そしてもちろん、ベネディクトも、自身の勢力を固め優勢を保とうと、必死に諸侯の間を動き回っている。


 次の皇帝位は、この2人の内のどちらかに渡る。

 それは半ば帝国諸侯の間で公然の事実として認識されつつあることだった。


 しかし、それでも多くの諸侯がエドゥアルドとユリウス、そしてアリツィアをたずねてくるのは、3人が[次世代]を担う存在であるからだった。


 エドゥアルドもユリウスも、若い。

 そんな2人は、ベネディクトとフランツのどちらかが皇帝になったとして、その次の皇帝になるかもしれない存在として見られていた。


 しかも2人とも、有能な統治者としての力量を見せている。

 エドゥアルドは国内で様々な改革を実施し、戦場で度々活躍を示しているし、ユリウスも、エドゥアルドほどの目立った活躍はないが、十分にその力量を示している。


 その2人が示しつつある才覚は、ベネディクトとフランツの後に皇帝となるのは、2人の内のどちらかに違いないと、そう諸侯に確信させつつある。

 だから今のうちに知己となっておくことが得だと、誰もがそう考えているのだ。


 そして、アリツィア王女。

 彼女は美しいというだけではなく、オルリック王国の王女であり、優先権は持たないが、王位継承権を有する王族だった。


 下世話な話になるが、もし、そんなアリツィア王女と結ばれるようなことになれば。

 2人の間に生まれた子供は、オルリック王国の王家に連なる者として、その領地の継承権を主張できるようになる。


 それは、アリツィアの美貌びぼう以上の、大きな魅力だった。

 もしアリツィアに気に入られれば、一領主に過ぎない者でも、大国の王のその父親となることができるかもしれないのだ。


 自分に声をかけようとする貴族たちから守って欲しい。

 そんな要望をアリツィア王女が口にしたのは、そんな、政略的な打算によって近寄ってくる者と距離を置きたかったからに違いなかった。


 正直、エドゥアルドはこうしてすりよってくる諸侯に対し、悪印象しか抱かなかった。


(お前たちは誰も、ヴェーゼンシュタットの民衆を救おうとはしなかったじゃないか)


 諸侯も、自身の家を安泰にして後世に残し、自国を少しでも豊かにしていきたいとそう願っている。

 そのために、エドゥアルドたちと知己になっておきたいと考える。


 それ自体は、理解できる。


 しかし、エドゥアルド、ユリウス、アリツィアとは違って、民衆を守り救うという意識のない古い貴族意識に凝り固まった打算的な諸侯に対してはどうしても、好意的にはなれない。

 根本的な部分で、エドゥアルドとは考え方が違うのだ。


(早く帰って、コーヒーが飲みたい。

 アイツのいれてくれた、コーヒーが……)


 愛想よく、笑顔の裏に打算を抱いて近づいてくる諸侯たちに応対しながらエドゥアルドが思うのは、それだけだった。

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