第277話:「戦勝パーティ:1」

 サーベト帝国に対する勝利を記念して行われる、戦勝パーティ。

 それは、皇帝の宮殿で開かれることとなっている。


 トローンシュタットの宮殿は、巨大な建造物だ。

 1000年もの長い歴史を持つタウゼント帝国において、その皇帝の住居として、そして政治の中枢として機能して来たその建物は度々改修を受けており、古い部分と新しい部分が混在したものとなっている。


 そのあり様は、統一感を欠いたちぐはぐな印象も受けはするものの、その巨大さ、そしてその壮麗さには、目を見張るしかない。

 皇帝の宮殿には、帝都の建築様式の変遷が記録されている。

 そんなふうに言われることもある宮殿の建築物には、様式の不統一により生じる違和感を補って余りある、壮大な歴史があった。


 その宮殿をエドゥアルドが訪れるのは、これで2度目だった。

 1度目も圧倒されるような気持だったが、2度目でもそう思う気持ちは少しも色あせることがない。


 戦勝パーティに参加するエドゥアルドの随員は、多かった。

 自らヴェーゼンシュタットに籠城することで籠城軍の士気を回復させたフェヒター準男爵に、精密な作戦を立案し功績があったアントン参謀総長。助言者として活躍し、そしてエドゥアルドをかばって負傷したヴィルヘルムに、前線で実際に指揮をとったペーターを始めとする将校たち。


 普通、戦勝パーティに参加できる随員というのは限られているはずなのだが、カール11世からぜひ参加させて欲しいとの要望があり、エドゥアルドは今回の勝利で功績をあげた主要な幹部たちを全員、集めて引き連れてきていた。


 それは、ユリウス公爵や、アリツィア王女も同様だった。

 2人とも10名以上もの随員を伴って戦勝パーティへと参加し、カール11世に対し、功績をあげた者たちを紹介しなければならなかった。


 戦勝パーティは、立食形式で行われた。

 料理や酒をゆったりと楽しむというには立食形式は向かなかったが、大勢の人々と入れ代わり立ち代わりに交流するには都合のいい形式だからだ。


 なにしろ、戦勝パーティに参加した諸侯はみな、カール11世に対してお祝いの言葉を述べなければならない。

 数百もいる諸侯のその全員が、カール11世の前に進み出てひざまずき、それぞれの言葉で勝利を祝福しなければならないのだ。


 だから結局は、イスに座って落ち着いて食事を楽しむようなことなど、誰にもできない。

 こういった式典のために宮殿内部に作られた大部屋に集まった人々の間にはいくつものテーブルが並べられ、食材から調理法まで贅沢の限りをつくした豪華な料理と美酒が美しく並べられていたが、おそらくそれらを味わっていられる時間はほとんどないはずだった。


 やがて皇帝・カール11世が姿をあらわし、用意された玉座に腰を下ろし、勝利を祝福し、参戦した諸侯と兵士たちの労苦をねぎらう言葉を述べると、戦勝パーティが始まった。


 集まった貴族たちはみな、口々に勝利をたたえながら、しかし、落ち着かない雰囲気だ。

 というのは、諸侯には決められた序列というものがあり、その序列を守りながら、うまくタイミングを見つけて皇帝に勝利の祝福をしに行かなければならないからだ。


 貴族は、階級社会だ。

 その社会全体は、貴族と平民という大きなくくりによって分け隔てられているが、貴族の中にはさらに、細かな階級がわけられている。


 それは、単純に爵位の順序だけでは決まらない。

 同じ伯爵という階級同士の場合でも、領地の大きさや豊かさによって、細かに序列が決まっているのだ。


 そしてその序列は、厳格に守られなければならないものだった。

 そうでなければ、貴族社会の秩序は乱れることとなり、成り立たないからだ。


 もし、その序列を破ってしまったら。

 あとでどんな報復が待っているかもわからない。

 序列を乱された家はそのことを不快に思うし、他の貴族たちからも顰蹙(ひんしゅく)を買い、貴族社会でつまはじきにされかねないのだ。


 だから、誰もかれもが、最適なタイミングで皇帝の御前に出て行けるように、気を張っている。


 そういった序列について、他の貴族たちに確認を取ることは許されない。

 そんなことは事前に把握しているのが当然と、そう思われているからだ。

 そしてそんな当然のことも把握していない貴族は、貴族社会では無能者あつかいされることになってしまう。


 幸い、エドゥアルドには心強い味方がいた。

 以前は帝国陸軍大将という地位にあり、帝国諸侯の力関係に腐心した経験から、貴族の序列について詳細に把握していたアントン参謀総長だった。


 といっても、エドゥアルドはノルトハーフェン公爵であり、タウゼント帝国の貴族の中でも5本の指に入る。

 ヘルデン大陸に存在する諸王国と比較すれば小国に過ぎなかったが、タウゼント帝国の貴族社会の中では明らかに上位に位置している。


 だから、悩むべきことは少ないはずだった。

 しかしながら、その少ない悩みは、非常に深刻だった。


 今、タウゼント帝国の貴族社会には、2人の有力者がいて、次期皇帝位をめぐる政争をすでに開始している。


 1人は、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクト。

 もう1人は、ズィンゲンガルテン公爵・フランツ。


 エドゥアルドは今回の戦争で、もっとも大きな功績をあげた1人だった。

 だからまっさきに皇帝の御前に進み出てもいいようにも思われるのだが、その場合、確実にベネディクトとフランツはいい顔をしない。


 誰が最初に皇帝にお祝いの言葉を述べるかは、はっきりしている。

 オルリック王国から長途の遠征を経て救援してくれた、アリツィア王女だ。


 そしてその次の順番も決まっている。

 アルトクローネ公爵・デニスだ。


 アルトクローネ公爵家は、5つの公爵家の内でもっとも弱体であり、その動員兵力も最少だったが、初代皇帝の嫡流の家柄だった。

 それだけではなく、デニスは皇帝・カール11世の息子でもあり、彼が最初に祝いを述べるのは既定のことであった。


 問題となるのは、3番以降の順序だ。


 エドゥアルドとユリウスの間ではすでに順番が決まっている。

 エドゥアルドは年の順から言って、ユリウスを先に、と考えていたのだが、ユリウスの方はエドゥアルドを先にしようと考えていたようだった。

 というのは、ノルトハーフェン公国軍の参謀本部の力がなければ今回の勝利はなかったはずで、ならばその参謀本部を有しているエドゥアルドにこそ、最大の功績があるからということらしい。


(さて、どうなるかな……)


 ベネディクトとフランツ、どちらが先に皇帝にお祝いの言葉を述べるのか。

 エドゥアルドはそれを、注意深く、そして興味深く、見守った。

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