・第16章:「次なる戦い」

第276話:「凱旋(がいせん)」

 ヴェーゼンシュタットを救援するべく集結していたタウゼント帝国軍は、サーベト帝国軍が完全に撤退したことを確認すると、その大部分の諸侯たちの動員を解除し、それぞれの領地へと帰還させていった。

 サーベト帝国軍との対陣が長引いていたために、補給物資の調達や兵士たちに支払う給与など、各諸侯の財政負担は増大しており、いち早く帰還させて軍を解散させたがっている諸侯が大勢いたからだった。


 逃走していったサーベト帝国軍の敗残兵を掃討し、占領されていた各地を解放して治安を回復するための兵力として、皇帝・カール11世の直属の帝国軍の一部が残留したが、ほとんどの諸侯は皇帝からの許可が出ると、そそくさと準備を済ませて、諸侯自身は皇帝の陣営に残りつつも、兵士たちは先に故郷へと返していった。


 エドゥアルドのノルトハーフェン公国軍、ユリウスのオストヴィーゼ公国軍、そしてアリツィア王女のオルリック王国軍は、他の諸侯とは違っていた。

 ゆっくりと戦場を引き払う準備を行い、皇帝・カール11世が自らの軍を率いて帝都・トローンシュタットへと凱旋(がいせん)するのに合わせて、撤退を開始した。


 それは、サーベト帝国軍と激しく戦ったために多くの負傷兵が生じており、そういった負傷兵たちの手当てと後送のために時間が必要だったというだけではない。


 皇帝・カール11世より直々に、帝都・トローンシュタットで開かれる凱旋(がいせん)式に、兵士たちと共に参加せよと命じられていたからだった。


 皇帝が親征し、勝利をおさめた際には、盛大な凱旋(がいせん)式でその帰還を迎え入れる。

 それは、タウゼント帝国で古くから続いて来た決まりごとだった。


 今回の戦争で、カール11世は実質的にはなにもしていないに等しい。

 ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトの意向を忖度(そんたく)した諸侯の圧力を前に、ただなにもできずに傍観(ぼうかん)していただけだ。


 しかし、それでも勝利はカール11世のものだった。

 臣下が功績をあげたなら、その功績はその臣下を任用して来た皇帝のものであり、この勝利は皇帝の御名において招集された軍によって得られたものであるからだ。


 ただ、だからと言ってカール11世は、この勝利を独占するような人物ではなかった。

 勝利を得るために実際に戦ったエドゥアルドたちを凱旋(がいせん)式に参加させることにより、この勝利が誰のおかげで得られたものであるのかを、カール11世は人々に明確に示すつもりでいるようだった。


 いったい誰が戦い、功績をあげたのか。

 それは、エドゥアルドと、ユリウスと、アリツィア。

 そしてその指揮下で戦った、兵士たちだ。


 カール11世はその全員を帝都の人々に示し、その行為によって、最大限の賞賛と名誉を、エドゥアルドたちとその兵士たちに与えるつもりであるらしかった。


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 エドゥアルドたちは、軍旗を整え、兵士たちに洗濯をさせて軍服を清潔にし、軍の威容を十分に整えたうえで、カール11世とそれに従う大勢の諸侯たちと共に、帝都・トローンシュタットへと凱旋(がいせん)した。


 帝都に暮らす人々は、この凱旋(がいせん)を、歓喜の声と、無数の紙吹雪で出迎えた。

 トローンシュタットの城門をくぐり、皇帝の宮殿まで整然と隊列を組んで行進していく兵士たちの勇壮な行列を、帝都の人々はその目に焼きつけようと競うようにして見物し、その栄光をたたえてくれた。


(眩(まぶ)しい光景だな……)


 エドゥアルドは、皇帝の乗った馬車に愛馬の青鹿毛の馬に乗って後続しながら、人々から向けられる賞賛の嵐にこたえていた。


 時折、人々に向かって手をあげて見せると、「わっ! 」と歓声が沸き起こる。

 人々はみな、エドゥアルドが今回の戦いで、主導的な役割を果たした1人であることを知っているようだった。


 それも、当然だ。

 カール11世の凱旋(がいせん)に先立ち、帝都にはことのあらましが伝えられており、人々はみな、誰がこの勝利をもたらしたのかをしっているのだ。


 エドゥアルドたちの勝利は、多くの新聞社によっても報道されていた。


 戦争というのは、大きな出来事だ。

 そしてその大きな出来事には誰もが関心をはらい、そのことについて書かれた新聞はよく売れる。


 そのためか、帝国にいくつか存在する新聞社はこぞって、エドゥアルドたちの勝利を、それも詳細に報道した。

 そして人々はこの勝利の報に沸き立ち、カール11世と共に凱旋(がいせん)してくる姿をひと目でも見ようと、トローンシュタットに集まってきていたのだ。


 凱旋(がいせん)式のためにエドゥアルドたちが兵士たちと共に行進(パレード)する大通りには交通規制がしかれ、行進の妨げとなるような事態が起こることは未然に防がれてはいたが、それ以外の通りは、ひと目でもエドゥアルドたちの姿を見ようとする人々であふれかえっていた。

 そうした人々は、行進(パレード)が行われる通り沿いの建物にも押しかけ、私的な住宅であろうとも入り込んで、熱烈にエドゥアルドたちのことを歓迎してくれていた。


 それは、カール11世にとっても初めての勝利であったが、エドゥアルドにとっても初めての、大きな勝利だった。


 アルエット共和国への侵攻作戦で戦われたラパン・トルチェの会戦の後も、大きな活躍を見せたエドゥアルドをノルトハーフェン公国の人々は大いに歓迎してくれたが、この凱旋(がいせん)式はその比較ではなかった。

 なにしろ、元々帝都に住んでいた人々だけではなく、周囲の地域に住んでいる人々も、このお祭り騒ぎを見物し、参加しようと押しかけてきているからだ。


 勝利の栄光。

 人々の歓喜の言葉。

 惜しみない賞賛の嵐。


 そのすべてが、エドゥアルドに向けられたものだった。


 だがエドゥアルドは、この勝利に、安穏とひたっていることはできなかった。

 なぜならこの凱旋(がいせん)式の行進(パレード)が終われば、カール11世の名において実施される戦勝パーティに参加しなければならないからだ。


 皇帝主催のパーティともなれば、それは、絢爛(けんらん)豪華なものとなるだろう。

 ありとあらゆる美食と美酒も楽しめるはずだ。


 しかし、それでもエドゥアルドの気分は晴れやかなものにはならない。

 貴族にとってパーティとは、すなわち、政治の舞台でもあるからだった。

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