第278話:「戦勝パーティ:2」
どちらが上で、どちらが下であるのか。
そういった順序が明確でないことは、時として争いの火種になる。
人間はすべて対等である。
アルエット共和国で打ち立てられた共和政府ではそういった思想にのっとって統治が進められているということだったが、しかし、未だに古くから続く階級社会である貴族社会が続いているタウゼント帝国では、順序の乱れは即座に対立へとつながりかねないことだった。
(いっそ、取っ組み合いのケンカでもしてくれないかな)
エドゥアルドはそんな、少し意地の悪い期待も抱いていた。
というのは、いい大人のベネディクトとフランツが、とりつくろったうわべの体面を気にせず取っ組み合いでも始めたら、さぞや見ものであろうと思ったからだ。
民衆のことなどおかまいなしに、政争に明け暮れる。
そんな貴族の姿に、エドゥアルドはすっかり辟易(へきえき)とさせられていた。
だが、エドゥアルドの期待通りにはいかなかった。
というのは、ベネディクトに対抗すると思われていたフランツ公爵が、意外なほどあっさりと引き下がったからだ。
それどころかフランツは、エドゥアルドたちにさえ順番をゆずった。
最初に、オルリック王国の王女・アリツィア。
2番目はアルトクローネ公爵・デニスで、3番目はヴェストヘルゼン公爵・ベネディクト。
そしてその次に、ノルトハーフェン公爵・エドゥアルド。
続いて、オストヴィーゼ公爵・ユリウス。
そして最後に、ズィンゲンガルテン公爵・フランツ。
フランツはエドゥアルドたちに従者を差し向け、自分は最後でよいと、そう連絡してきたのだ。
貴族は互いがどんな階級にあるのか、その序列を当たり前のように把握していなければならず、それができていなければ貴族社会ではつまはじきにされる。
そのはずなのだが、今回の場合、自ら順序をゆずるというイレギュラーな事態が起こったため、フランツはわざわざ従者をエドゥアルドたちに差し向けたようだった。
どうやらフランツは、戦乱によって領地が荒れ果ててしまったために、現状ではベネディクトに対抗できないと判断したらしい。
それだけではなく、エドゥアルドたちの戦いのおかげで助かったこともあるから、せめて序列を入れ替えてエドゥアルドたちを尊重して見せることで、少しでも感謝の意を示したいということであるようだった。
それを、エドゥアルドは別に、ありがたいとも何とも思わなかった。
フランツ公爵がこうして序列をゆずったのは、エドゥアルドたちの歓心を買うためだとわかっているからだ。
次期皇帝位をめぐる政治闘争で、フランツは劣勢に立たされている。
長い籠城戦の間、ベネディクトは自由に他の諸侯に対して政治工作が可能であったのに対し、フランツはほとんどなにもできなかったからだ。
それだけではなく、サーベト帝国軍の侵攻と、厳しく行われた略奪によって領地が荒れ果てており、大きくその力を削がれてしまっているからだ。
だからフランツは、味方を必要としている。
そして味方を得るために、エドゥアルドたちに対して媚(こ)びて見せているのだ。
多少、フランツの置かれている状況に、同情しないでもない。
この際にフランツを潰しておこうというベネディクトの目論見が容赦なく実行されていたことを、エドゥアルドはその目で見て、聞いて、よく知っているからだ。
しかし、だからと言って、フランツに味方しようなどとは思えなかった。
なぜならフランツも、タウゼント帝国の典型的な貴族の1人であることにはなんらの違いもなく、民衆のことを顧(かえり)みて政治を行っているとは、とても思えないからだ。
たとえば、フランツは領地の復興よりなによりも、軍隊の再建を急いでいるらしい。
ズィンゲンガルテン公国では新たに徴兵制を開始することを、ヴェーゼンシュタットが解放されてからすぐに決まっており、フランツは戦乱で疲弊(ひへい)した民衆を兵士にしようと目論んでいるようだった。
サーベト帝国からの再侵略が近くあるかもしれないというのなら、軍事優先はある程度仕方のないことだったが、エドゥアルドたちはサーベト帝国の皇帝、サリフ8世を捕虜とし、人質にしている。
すぐに再侵略してくる心配などないはずだった。
それなのに軍隊の再建と強化を急いでいるのは、おそらくは皇帝選挙を意識してのものだろう。
カール11世はまだ健康であり、近々なにかあるとは思えないのだが、それでも万が一の急病でもあって、急に皇帝選挙となった時に対処できないのは困ると、フランツは心配しているようだった。
とにかく、こうしてエドゥアルドが皇帝に祝意を申し述べる順番は定まった。
まず、オルリック王国の王女・アリツィアがカール11世に祝意を述べた。
隣国の代表として少しの恥もない、堂々とした立派な態度で、アリツィアの声はパーティ会場のざわめきを貫いてよく通った。
その様子を目にして集まった貴族たちは、さすが、女性でありながら自ら戦陣に立つほどの姫君だと、その美貌(びぼう)だけではなく胆力にも感心しきりだった。
続いて、アルトクローネ公爵・デニスが皇帝の御前に進み出て、ひざまずいて祝意を述べた。
普段、自信のなさそうなデニスだったが、相手が皇帝とはいえ、実の父親であるから気安いらしく、その声はしっかりとしていて落ち着いたもので、祝意は卒なく済ませることができていた。
デニスが皇帝の前を辞すると、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトの番がやってくる。
今回、彼はさほど功績をあげてはいなかったが、諸侯の内の地下亜関係や序列によって、実質的に諸侯の先頭に立つ形となった。
ベネディクトはひざまずいて皇帝に祝意を述べる。
その態度はやはり堂々としたもので、威厳を感じさせるものだった。
そして、エドゥアルドの番が回ってくる。
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