第271話:「抜け駆け:4」
アリツィア王女に率いられた有翼重騎兵(フサリア)は、炎に追われるサーベト帝国軍を追って、ひたすらサーベト帝国軍の皇帝がいるはずの本営を目指して突き進んでいく。
すでに、有翼重騎兵(フサリア)の多くは騎槍(ランス)ではなく、剣に持ち替えていた。
騎槍(ランス)はすでに敵兵に突き刺したか、折れてしまっていたし、両軍入り乱れての白兵戦には騎槍(ランス)では対処できないからだ。
有翼重騎兵(フサリア)は、高度な戦技を身に着けた強力な騎兵集団だった。
突撃力を発揮させるために、歩兵が装備する長槍よりもさらに長大な騎槍(ランス)を装備しているが、状況によってはそれ以外に剣も使うし、時にはピストルなどの火器も当たり前のように使用する。
中世の世界から生き延びてきた、勇壮だが、古めかしくもある重騎兵たち。
彼らはそれでも間違いなく、この時代で[最強の騎兵]であった。
有翼重騎兵(フサリア)は、自身も炎に追われながら、敵兵は抵抗する者も逃げる者も関係なく斬り捨てながら、サーベト帝国の皇帝をめがけて突き進んでいく。
その突撃は、サーベト帝国軍の皇帝を捕虜とするか、討ち取るまで終わらない。
その有翼重騎兵(フサリア)が切り開いた突破口を、エドゥアルドたちは歩兵を率いて突き進んでいった。
逃げ遅れていた敵兵にトドメを刺し、抵抗してくる敵を粉砕(ふんさい)しながら、エドゥアルドたちはできるかぎり戦果を拡張し、サーベト帝国軍の陣地を奪取して、敵軍の混乱がその全体にまで広がるように仕向けて行く。
その統率は、乱れ切っている。
中隊レベルではなんとか統率がとれていたが、連隊レベルになるともう指揮下の兵力がどこにいるかの把握もできないし、大隊レベルでさえ、もう怪しい。
それは、これが大規模な夜襲だからだ。
ノルトハーフェン公国軍、オストヴィーゼ公国軍、オルリック王国軍が入り混じっている混成編制であるだけではなく、視界のない夜間に、数万もの人数が一緒になって駆け、突撃していくのだから、どこに誰がいるのか、どの部隊がどこで戦っているのか、把握できなくなるのは予想されていたことだった。
兵士たちの統率が取れなくなる夜襲を決行するのに当たり、エドゥアルドたちが歩兵たちに与えた任務は、2つだけだった。
1つ。
敵を見つけたら、攻撃せよ。
2つ。
味方部隊が近くにおらずとも、ひたすら敵に向かって突撃せよ。
暗闇と混成軍であることから統率がとれないのならば、そもそも統率を取ろうとしないで、各中隊レベルの指揮官の指揮に任せ、完結明瞭な任務だけを与えて戦わせる。
夜襲を実行するのに当たってエドゥアルドたちが施した対策は、たったそれだけだった。
服装と、腕に巻いた白い布のおかげで、敵と味方の識別だけはできる。
兵士たちは与えられた2つの命令を遂行するために、敵を見つけたら襲いかかり、四分五裂して敵陣に浸透するように突撃し続けていく。
普通なら、こんな戦法は実施できない。
指揮官による統率を失った兵士たちは、士気を阻喪(そそう)し、戦えなくなるのが当たり前だったからだ。
兵士たちの多くは、志願という名で雇われた傭兵たちだった。
よく訓練された正規の兵士たちである彼らは、指揮統率がしっかりとなされ、勝利の望みが十分にあるとわかる内は、強固に戦意を保ち、勇敢に戦う。
だが、一度、全体の指揮統率から分離され、視界が悪く味方がどこで戦っており、敵がどこにいるのかわからないような状況になってしまえば、兵士たちはとたんに動揺し始める。
有翼重騎兵(フサリア)の攻撃を前に混乱し、逃げ散って行ったサーベト帝国軍の兵士たちのように、戦えなくなってしまう。
戦列歩兵が、敵前で整然と行進して横隊を維持し、マスケット銃の一斉射撃を実施するのは、それがマスケット銃の火力をもっとも効果的に発揮できる戦法だったからだが、なにより、上位の指揮官の統率を離れれば容易に戦えなくなるという、兵の質の問題も大きいのだ。
だが、この時の兵士たちは誰も、上位の指揮官たちからの統率を離れても、戦意を失うことがなかった。
ヴェーゼンシュタットの民衆を救うために。
エドゥアルドや、アリツィア、ユリウスたちが、この常識的に考えれば無謀としか思えないような夜襲を決行した、その理由。
それを兵士たちの誰もが理解し、受け入れていたからだった。
自分たちの指揮官は、他の諸侯とは違う。
貴族同士の権力争いのために民衆に犠牲を強いても顔色一つ変えないような貴族たちと、自分たちの主は違っている。
兵士たちは、タウゼント帝国の軍議でどんな政争がくり広げられていたのかなど、知るはずもなかった。
だが、彼らは敏感に、あるいはなんとなく、自分たちの指揮官が他の諸侯とは違うということを察知していた。
誰だって、命は惜しい。
しかしエドゥアルドたちは、民衆のために危険を冒すのだという。
そしてその民衆の中には、兵士たちも含まれているのだ。
士官や将校はともかくとして、兵士たちのほとんどは、平民だった。
貴族たちの政争によって苦しめられているヴェーゼンシュタットの民衆と同じなのだ。
ヴェーゼンシュタットの民衆のために戦うということは、兵士たちにとっては自分自身のために戦うということと同義だった。
この戦いに、命をかける価値はある。
そう理解している兵士たちは、迷いなく勇敢に戦った。
その攻撃を前に、サーベト帝国軍の混乱は深まっていく。
彼らはサーベト帝国の皇帝の名によって招集された兵士たちであって、決して、この戦いに進んで自身の命を投げ出すような覚悟はもっていなかった。
勝利すれば相応の恩賞が得られるし、略奪などによって戦利品も得られるに違いないと、そういう[楽しみ]があるからこそ、従軍している者たちなのだ。
この戦いに命をかける価値があると信じて戦っている兵士たちと、自分に利益がなければ戦意を奮い起こされることのない兵士たち。
その差は、決定的なものとなって戦局にあらわれていた。
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