第270話:「抜け駆け:3」
アリツィア王女の号令によって、2000騎の有翼重騎兵(フサリア)が、サーベト帝国軍の陣営に向かって突撃を開始した。
夜間で視界は悪かったが、有翼重騎兵(フサリア)は迷うことなく敵陣へと向かって行く。
サーベト帝国軍の陣営では、夜間の見張りのためにかがり火を多くたいており、その明かりを目指していけばいいだけなのだ。
有翼重騎兵(フサリア)に続いて、片手に白い布を巻いて目印にしたオルリック王国軍の兵士たちが、喚声(かんせい)をあげて突撃していく。
有翼重騎兵(フサリア)が突き破った敵陣に歩兵部隊が続いて突撃し、白兵戦で、一気にサーベト帝国の皇帝がいる本営まで突き進む作戦だった。
「アリツィア王女に、続け! 」
「オストヴィーゼ公国軍の強さを知らしめるのは今だ! 」
すかさず、エドゥアルドとユリウスも、指揮下にある将兵に向かって合図を出し、突撃を開始する。
オルリック王国軍の兵士たちと同じように、識別のために白い布を右腕に巻いたノルトハーフェン公国軍とオストヴィーゼ公国軍の兵士たちは、銃剣をかまえ、喚声(かんせい)をあげ、エドゥアルドとユリウスに続いて走り出した。
サーベト帝国軍の陣営は、エドゥアルドたちの夜襲が開始されるまで静まり返っていた。
警戒を怠っていたわけではないが、どうやらタウゼント帝国軍は動きそうもなかったし、これまで昼間には砲撃があっても、夜間は砲兵の移動のために静かなものだったから、サーベト帝国軍の兵士たちは安心して眠りについていたようだった。
見張りについていた兵士たちも、穏やかな様子だった。
サーベト帝国軍の軍規に従い、かがり火を常に絶やさずに燃やし続け、定期的な巡回も怠ってはいなかったが、(どうせ、攻撃はないだろう)と誰もが思い込んでおり、巡回の時以外はたき火の周りに集まって談笑したり、暖かなコーヒーで身体を暖めたりしていた。
そこへ、アリツィア王女に率いられた有翼重騎兵(フサリア)が殺到した。
サーベト帝国軍は、突撃してくる有翼重騎兵(フサリア)の喚声(かんせい)と、地響きのような蹄の音で目を覚まし、慌ててテントの中から飛び出してくる。
その姿はほとんど着の身着のままという状態で、中には武器さえ持たずに飛び出して来た者たちさえいた。
夜間の見張りについていた兵士たちも、有翼重騎兵(フサリア)の突撃に気づき、慌てて配置につきはしたものの、装備していたマスケット銃を散発的に応射するくらいのことしかできなかった。
サーベト帝国軍の野営地をめがけて突撃する有翼重騎兵(フサリア)は、誰も松明を使っていなかった。
松明をかかげていればそれが絶好の射撃目標となるからだ。
だから有翼重騎兵(フサリア)は、月明かりだけを頼りに仲間の位置を把握し、サーベト帝国軍の陣営に数多くたかれたかがり火をめがけてひたすら馬を走らせた。
幸い、彼らは鈍色に輝く甲冑を身に着け、その大きな特徴である白い翼を背負っていたから、月明かりだけでも仲間の位置を把握することは難しくなかった。
サーベト帝国軍の兵士たちは、かがり火の明るさに目がなれてしまっていた。
だから暗闇の中を突進してくる有翼重騎兵(フサリア)の姿を正確に把握することができなかったし、突然、かがり火の光がおよぶ範囲に飛び出してきた、翼を背負った騎士たちの姿を目にして動転し、パニック状態に陥ってしまった。
サーベト帝国軍から散発的に放たれた射撃は、ほとんど意味をなさなかった。
パニックに陥ったまま慌てて放たれた射撃はまともに狙いなどつけられては折らず、弾丸のほとんどはあらぬ方角へと飛び去ってしまったのだ。
そのサーベト帝国軍の兵士たちを、有翼重騎兵(フサリア)はその騎槍(ランス)で串刺しにした。
鋭く整えられた騎槍(ランス)の切っ先は、驚いたまま動けずにいたサーベト帝国軍の兵士を文字通り貫き、慌てて逃げ出そうとする敵兵を容赦なく突き刺した。
そして、倒れ伏した敵兵の姿には目もくれず、有翼重騎兵(フサリア)は走り続ける。
その馬蹄によって、幾人もの敵兵の遺体が覆い隠され、見えなくなっていった。
たくましい大型の軍馬に、甲冑を身にまとった騎士。
その質量に軍馬の駆ける速度が加わった強烈な突撃は、容易にサーベト帝国軍の警戒線を突き破り、まったく速度を落とさずにサーベト帝国軍の野営地へと襲いかかった。
有翼重騎兵(フサリア)が突撃していったサーベト帝国軍の野営地には、数千の将兵が駐屯していた。
彼らは規則正しくテントを並べ、武器や食料などの物資を整理した状態で保管し、見張りもきちんと立てていたれっきとした軍隊だったが、有翼重騎兵(フサリア)が野営地に突入してくると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
いったい、なにが起こっているのか。
状況がわからない状態では、人間は目の前にある現実を基準にして、物事を判断するしかない。
そして、目の前に明確な[死]が迫ってきていることを認識した人間は、自己保存を優先するのが当然の選択だった。
なぜなら人間は、どんなに訓練を施して恐怖を克服し、規律正しく行動し、命令に従うことに慣れさせられていても、根っこの部分では生物であるからだ。
生物である以上、状況がわからないまま戦って命を落とすよりも、いったんは逃げて身を守ろうとするのは、おかしなことではない。
有翼重騎兵(フサリア)たちは抵抗して来る者をまっさきに倒し、続いて逃げ散っていく者たちにも容赦(ようしゃ)なく襲いかかったが、しかし、すぐに切り上げた。
それから彼らは、サーベト帝国軍が几帳面に絶やすことなく燃やし続けていたかがり火を倒し、次々とサーベト帝国軍の野営地に作られていたテントに火をかけていく。
炎は、一瞬で燃え広がって行った。
というのは、エドゥアルドたちは夜間に風が吹く日を狙って、この夜襲を決行したからだ。
激しくはないが、決して弱くはない風。
その風にあおられた炎は、すぐに燃え広がり、サーベト帝国軍が火薬を保管していた弾薬庫に燃え移ると、一気に拡大した。
風は、タウゼント帝国軍の陣営から、サーベト帝国軍の本営がある方向へと吹いている。
当然、炎はサーベト帝国軍の本営に向かって燃え広がって行った。
すべて、エドゥアルドたちの計算通りだ。
エドゥアルドたちは風が吹くというだけではなく、その風向きも計算して、夜襲を行う日取りを選んでいる。
人間のみならず、生物のほとんどは炎を恐れる。
そして、その炎が迫ってくれば、焼け死ぬことを回避するためにも、逃げざるを得ない。
消火を試みようとしても、風下側からだと難しい。
なぜなら、風にあおられた炎が、消火を試みようとする者を焼こうと襲いかかってくるからだ。
広がる炎と、有翼重騎兵(フサリア)の突撃によって、サーベト帝国軍の陣営は、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の坩堝(るつぼ)となり始めていた。
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