第268話:「抜け駆け:1」
エドゥアルドたちの抜け駆けは、夜間に実施されることが決まった。
これは、エドゥアルドたちの攻撃が、タウゼント帝国の一部による抜け駆けであるという事実を把握しづらくし、サーベト帝国軍により大きな混乱を生じさせるためだ。
ただ、敵はすでに1度、ヴェーゼンシュタットへの補給作戦が実施された際に奇襲を受けているから、以前よりも警戒を強めている。
このためにエドゥアルドたちは、奇襲を実行する前にまた、陽動作戦を実行することとした。
抜け駆けを企んでいることについては、もちろんエドゥアルドたちだけの秘密だったが、この陽動に関してはタウゼント帝国の軍議で真の目的を隠しながら説明し、皇帝・カール11世や諸侯たちからの許可を取りつけている。
というのは、陽動のためには大砲を用いるつもりで、大砲を使えば当然、なにをしているのかを皇帝や他の諸侯からたずねられるに違いないからだった。
エドゥアルドたちは、それぞれの軍隊が保有している大砲をかき集め、それによって放列を敷き、狙いをつけやすい日中にサーベト帝国軍に対して発砲した。
そして夜間の間に放列の位置を変え、砲撃目標を連日、変化させていった。
毎日放列の位置を変え、砲撃する目標も変更することで、サーベト帝国軍が[次にどこを攻撃されるか]を予想しづらくするのと同時に、油断を誘うためだった。
砲撃を受ければ、当然、サーベト帝国軍はその砲撃の意味を疑う。
砲撃目標となっている地点に攻撃をしかける、その準備砲撃を行っているのか。
それとも、サーベト帝国軍を疲労させ、その指揮を阻喪(そそう)させるために行っているのか。
エドゥアルドたちは、放列の位置を変え、砲撃目標を変えながら、数日間も砲撃を続けた。
それは、あえて砲撃の間隔を長くとった、散発的なものにしてある。
このために、サーベト帝国軍はエドゥアルドたちによる砲撃が、嫌がらせ目的であると判断したようだった。
砲撃が、攻撃の準備にしては散発的で、サーベト帝国軍が受ける被害も限定的なものにとどまっていたからだ。
タウゼント帝国の軍議の席でも、エドゥアルドたちは「サーベト帝国軍への嫌がらせの砲撃を行いたい」と説明している。
ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトは、できるだけこの戦いを長引かせ、あわよくば次期皇帝選挙の最大のライバルとなるズィンゲンガルテン公爵・フランツを排除しようとさえ目論んでいる。
そのために、彼はエドゥアルドたちが提案した、タウゼント帝国軍の総力による反撃作戦を、「よくできている」と評価しつつも、実行は却下されるように諸侯に工作した。
だからエドゥアルドたちは、嫌がらせの砲撃、と控えめな主張をした。
本格的な反撃を行うのではないと主張しておけば、「その程度であれば問題なかろう……」とベネディクトも考え、反対しないだろうと思ったからだ。
そうして、実際にベネディクトは反対を表明せず、エドゥアルドたちは遠慮なくこの陽動作戦を実行することができた。
しかも、陽動で動かすだけとはいえ、兵力を動かすので、エドゥアルドたちが抜け駆けのための準備を整えていても、誰も怪しむこともない。
エドゥアルドとユリウス、アリツィアが集まって作戦会議を開いていても、誰も疑問には思わない。
そうしてサーベト帝国軍に嫌がらせを続けつつ、準備を整えたエドゥアルドたちは、とうとう、抜け駆けを実行に移した。
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「いよいよ、で、ございますね……、エドゥアルドさま」
サーベト帝国軍への夜間攻撃の準備を整え、出撃前の最後の支度を整えていたエドゥアルドに、ルーシェが、期待と不安の入り混じった声をかける。
「ああ。
ようやく、ヴェーゼンシュタットの人々を救出することができる。
ヨーゼフも、一緒にな」
エドゥアルドは、ルーシェにマントを身につけるのを手伝ってもらいながら、できるだけ余裕のあるような笑みを見せながらうなずいてみせた。
今回の作戦、常識的に考えれば無謀なものなのだということは、ルーシェも知っている。
ヴィルヘルムから時間を見つけては教育を受けているルーシェは、メイドでありながらも、そういったことを理解できるだけの知識を持っている。
これから、エドゥアルドは危険を冒しに行く。
ヴェーゼンシュタットの民衆を救うために、戦いに行く。
だからこそ、ルーシェは期待し、不安に思っている。
エドゥアルドなら勝って、生きて帰って来ると彼女は信じていながらも、弾丸は気まぐれであるということも、彼女は知っているのだ。
そんなルーシェの不安な気持ちがわかるから、エドゥアルドはあえて笑って見せる。
「大丈夫だ、ルーシェ。
作戦は十分に練ったし、なにより、あの強そうな有翼重騎兵(フサリア)が先鋒を務めてくれる。
僕らは、有翼重騎兵(フサリア)が切り開いた道を、後からついていけばいいだけだ。
ペーターも、それなら気楽でいいと、そう言っていた」
「はい。……でも」
ルーシェはうなずいたものの、それでも不安であるようだった。
エドゥアルドがルーシェを安心させるためにわざと明るく、余裕ぶっているのだと、ルーシェも気づいているのだろう。
「僕は、戻って来るさ」
エドゥアルドは、身に着けたマントの位置をルーシェに調整してもらい、それから振り返って正面を向け、全身の身なりが整っているかをルーシェに確認してもらいながら、そう言って約束する。
前にも同じようなことを約束したなと思い出したエドゥアルドは、作り笑いではない、自然な笑みを浮かべていた。
そんなエドゥアルドの姿を見て、ルーシェは一瞬、迷うように視線を伏せる。
だが、それから意を決したように顔をあげると、「ネクタイをお直ししますね」と告げ、そっと、エドゥアルドのネクタイに手を触れた。
だが、それは、メイドであるルーシェが、公爵であるエドゥアルドに触れる、口実であったらしい。
ルーシェはエドゥアルドのネクタイを直すふりをしながら、スッと身体をよせ、そして、エドゥアルドの胸元に顔をうずめるようにして、ささやいた。
「ルー、お祈りしますから」
エドゥアルドの無事を。
ノルトハーフェン公国軍の勝利を。
ルーシェはきっとこれから、エドゥアルドを見送ったのち、ずっと、祈り続けるのだろう。
「ああ。
そうしてくれると、助かる」
エドゥアルドはそう言ってうなずくと、ルーシェの頭を軽くなでてやった。
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