第267話:「それでも」
サーベト帝国軍を打ち破って、ヴェーゼンシュタットで包囲されている民衆を救う。
敵は、損害を受けているとはいえ、まだ20万近くが健在。
それに対し、戦いを挑むのは、5万にも満たない軍勢でしかない。
エドゥアルドがアリツィア王女からの誘いに乗り、抜け駆けしてサーベト帝国軍に決戦を挑むと決意した後。
エドゥアルドとアリツィアが2人して説得しに向かったオストヴィーゼ公爵・ユリウスは、最初、2人からの誘いに驚き、戸惑いはしたものの、結局はこの無謀とも思える行為に協力することを同意してくれた。
これまでエドゥアルドに同調してくれていたユリウスには、躊躇(ためら)いがある様子だった。
エドゥアルドやアリツィアのように、貴族の政争よりも民衆を救うために力を使うべきだという考えもユリウスも持っているのだが、それでも躊躇(ちゅうちょ)せずにはいられないほど、今回の戦いは常識破りのものだった。
本当に、成功するのかどうか。
そう不安に思ったのは、ユリウスだけではなかった。
「公爵殿下。
やれ、と命じられれば、我々はそれに従います。
しかし、本当に成算はおありなのでしょうか? 」
エドゥアルドから、再びサーベト帝国軍へと攻撃するという話を打ち明けられたノルトハーフェン公国軍の主要な将校たちの中で、そう疑問の声をあげたのはペーター・ツー・フレッサー大佐だった。
「敵は、オストヴィーゼ公国軍、オルリック王国軍、そして我々を加えた軍勢に、数倍する大規模な軍隊です。
いくら敵陣に弱点があるとはいっても、無謀ではありませんか? 」
ペーターの言葉に、他の将校たちは同調する声こそあげなかったものの、その表情はみな、険しいものだ。
みな、この作戦が本当にうまくいくのかどうか、自信がないのだろう。
「それは、僕も重々、承知している」
将校たちはこの作戦の実施に納得していない。
そのことを肌で感じ取りながら、エドゥアルドはひるまずに断言する。
「だが、僕は成功させることができると、そう思っている。
敵陣に存在するという弱点。
そのことについて、僕はアリツィア王女から説明を受け、そして、オルリック王国軍の有翼重騎兵(フサリア)であれば、その弱点を突き、サーベト帝国の皇帝の本営を直撃できるということも説明してもらった。
その説明に、僕は納得した。
だからこうして、みなにそのことを伝えている」
「サーベト帝国軍の陣地に弱点があるというのは、事実です。
そして、オルリック王国軍の精鋭騎兵である有翼重騎兵(フサリア)であれば、その弱点を突き、サーベト帝国軍の本営を突くことは、不可能ではないでしょう」
そのエドゥアルドの言葉に続いて発言したのは、アントン参謀総長だった。
ただ、その言葉は、エドゥアルドの主張を支持するものではない。
アントンの言葉は穏やかな落ち着いたものだったが、同時に、エドゥアルドを鋭く問いただすようなものだった。
「しかしながら、たとえ敵の本営を突くことができたとしても、勝てるとは限りません。
第一に、サーベト帝国軍の皇帝が、アリツィア王女の攻撃によって逃げ出したとしても、必ずしもサーベト帝国の全軍が崩壊するとは限らない点です。
もし敵に冷静な指揮官がおり、これがタウゼント帝国軍の総攻撃ではなく、抜け駆けであると気づけば、敵は大軍ゆえに立て直して来るでしょう。
そうなれば、我々は敵中に孤立し、包囲、殲滅(せんめつ)されることとなるでしょう。
第二に、本営にサーベト帝国の皇帝が不在であった場合、敵の皇帝が逃げ出せば、敵の全軍が敗走するだろうという、この作戦の前提条件が崩れるということです。
そうなった場合、やはり、我々は包囲、殲滅される恐れがあります。
まして、今回の作戦は、カール11世陛下に独断で行う、[抜け駆け]です」
抜け駆け。
アントンが強調するように言ったその言葉に、エドゥアルドを含めた、ノルトハーフェン公国軍の作戦会議の場に集まった全員が、ビクリ、と身体を震わせる。
自分たちが今から行うことは、皇帝の指揮権から逸脱した、違反行為だ。
その事実は、帝国の貴族社会に属する者がほとんどを占めている中では、特に大きな意味を持っている。
そして誰もが口をつぐむ中、アントンの、冷静な声だけが響く。
「成功すれば、それでよいでしょう。
皇帝陛下もよくぞヴェ―ゼンシュタットを救ったと、おほめくださることでしょう。
ですが、もしも失敗した、その時は……。
勝手に動き窮地(きゅうち)に陥った我らを、他の諸侯は救援せぬかもしれませぬ。
そして、たとえうまく生き延びることができたのだとしても、抜け駆けを働いた我らは断罪されることとなるでしょう」
そう言って言葉を締めくくったアントンは、そこで、じっとエドゥアルドの方を見つめて来る。
「こういったリスクをご承知の上で、本当に抜け駆けをするのですか? 」と、無言の内にたずねてきているようだった。
ほんの一瞬、エドゥアルドは顔をうつむかせて、逡巡(しゅんじゅん)する。
しかし、すぐに顔をあげると、居並ぶ将校たちをエドゥアルドはまっすぐに見すえていた。
「……リスクは、承知している。
しかし、ヴェーゼンシュタットの民衆を救うためには、それしかないのだ」
次期皇帝位をめぐってくり広げられる政治工作。
それは際限なく続き、民衆が苦しめられている。
その民衆を、救わなければならない。
視線に込められたエドゥアルドの決意に、将校たちは少し驚いたような表情を見せ、それから、お互いの顔を視線だけを動かして見合わせた。
だが、その動きは、すぐにおさまった。
そして、将校たちを代表して、ペーターが苦笑しながら、短い言葉で言う。
「ま、先鋒はアリツィア王女が引き受けてくださるそうですから、我々はそれについていけばいいんでしょう?
なら、まぁ、気楽なもんでしょう」
それは、冗談めかしてはいるものの、将校たちもこの作戦の実施に賛同してくれたということを示す言葉だった。
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