第262話:「よくできた作戦:2」
「ベネディクト公爵のおっしゃることは、ごもっともであるかと思います。
しかしながら、サーベト帝国軍が我が方の予想よりも長く包囲を続けた場合、ヴェーゼンシュタットは深刻な飢餓に陥ることとなり、降伏するか、陥落してしまうでしょう」
今までと同じように、戦役を長引かせ、少しでも多くズィンゲンガルテン公国の力を削ごうと誘導しようとしているベネディクトにそう言って反論したのは、オストヴィーゼ公爵・ユリウスだった。
「我らはすでに長くこの地で対陣しております。
それは、我が軍に地の利があり、サーベト帝国軍の補給が、我が方の補給が困難となるよりも先に尽きるであろうと考えられたためです。
しかしながら、未だにサーベト帝国軍は撤退する気配を見せません。
これは、サーベト帝国軍はよほど多くの補給物資を抱え込んでおり、大軍ゆえに補給が滞るとしても、長期間に渡ってそれに耐えられるということでありましょう。
冬になれば補給がより困難となるというのは、間違いのない事実でございましょう。
ですが、今のところサーベト帝国軍はこちらの予想を上回って耐えております。
ヴェーゼンシュタットの命運がつきるよりも先に、サーベト帝国軍が撤退するという見立ては、確実ではございません」
(サーベト帝国軍の補給線を、妨害しているわけでもないしな)
エドゥアルドはユリウスの援護射撃を頼もしく思いつつ、騎兵部隊を割いて遊撃させ、サーベト帝国軍の補給線を寸断するというエドゥアルドたちの意見を却下したベネディクトのことを苦々しく思っていた。
ここまでサーベト帝国軍との対陣が長期化している原因の1つは、間違いなく、ベネディクトが敵の補給線に手を出すことに反対したせいなのだ。
「それを言うのであれば、この作戦の前提条件そのものが、確実なものとは言えぬだろう」
しかしベネディクトは、平然としたまま反論してくる。
「アリツィア王女が発見した敵の弱点。
そこを突くこの作戦は、確かによくできている。
だが、サーベト帝国軍がこの弱点に気づき、あらためてしまっていたら、いかによくできた作戦であろうとも通用せんだろう」
「その点については、偵察の結果、今朝の時点でも状況に変化はないと確認されております。
また、我がオルリック王国軍が先陣を切って攻撃いたしますので、皇帝陛下やベネディクト公爵をはじめ、タウゼント帝国の皆様に過大なご負担を及ぼすことにはなりません」
そのベネディクトの言葉に、アリツィア王女が反論する。
エドゥアルド同様、内心で怒っているのか、その口調は怒りを抑えた抑揚のないものとなっている。
「いや、それはマズい。
遠路はるばるおいでいただいた援軍に、それも、王族の方に万が一でも危険があるような作戦は、取るべきではない」
しかしベネディクトは、手を変え言葉を変え、反論し続ける。
「それに、先の補給作戦の折、ノルトハーフェン公国軍もオストヴィーゼ公国軍も、少なくない犠牲を出しておる。
ノルトハーフェン公国軍は、死傷2000名。
オストヴィーゼ公国軍は、死傷1000名。
それに数倍する損害を敵に与えているし、ヴェーゼンシュタットへの補給も見事、達成してはいるが、戦えばかような損害がまた出るのに違いない。
アリツィア王女には、万が一のことをお考えになって、自重していただくのがよろしいかと思う」
ベネディクトの指摘する通り、補給作戦において、エドゥアルドたちは少なくない損害を受けている。
そしてその負傷者たちは、ルーシェたちが設置した包帯所に収容され、現在も治療を受けている。
すでに後方の野戦病院への移送も始まってはいるものの、衛生組織の対処能力は限界に達していた。
オルリック王国軍については、ほとんど損害は出てはいなかったが、ベネディクトが言うとおり、サーベト帝国軍との決戦に及べば、大きな損害を受ける危険は捨てきれない。
そしてオルリック王国軍が受ける損害の中に、アリツィアが含まれないとは断定できないのだ。
「いずれにせよ、我が方より先に、サーベト帝国軍の補給の方が不足するというのは、間違いのないことだ。
ヴェーゼンシュタットも、フランツ公爵も、サーベト帝国軍が撤退に追い込まれるまではなんとか耐えてくれるであろう。
そして、撤退するサーベト帝国軍を徹底的に追撃すれば、こちらは労せずして大きな戦果を得ることもできる。
わざわざ危険を冒さずとも、勝手に勝利できるのだから、それでよいではないか」
そのベネディクトの言葉に、諸侯の幾人かがうなずき、「その通り! 」と合の手を入れる諸侯まであらわれた。
(冗談じゃない! )
エドゥアルドはそう叫びたかったが、ギリギリのところでこらえる。
ヴェーゼンシュタットはエドゥアルドたちの補給が成功したことで、確かにもうしばらくは耐えるだろう。
そしてそれは、それだけ長く、民衆が苦しむということでもあった。
民衆を味方にし、いつか……。
ヴィルヘルムにそう進言されたことをエドゥアルドはよく覚えているが、そんな計算よりもなによりも、エドゥアルドの若い純粋(じゅんすい)な正義感は、これ以上民衆を貴族の都合で苦しめることが許せなかった。
ベネディクト公爵の言い分は、一見、筋が通っているように見えても、その実質は自身の思惑を通すために作られた言説でしかないのだ。
しかし、この軍議の席で貴族たちの賛成を得られなければ、どんなに優れた作戦であろうと実行することは許されない。
タウゼント帝国では、皇帝・カール11世であろうと、諸侯の意向を無視して物事を決めることはできないのだ。
結局、ベネディクト公爵の強い反対により、今回もエドゥアルドたちは引き下がらざるを得なかった。
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