第261話:「よくできた作戦:1」
アリツィア王女が見つけたという、サーベト帝国軍の包囲陣にあるという弱点。
そこを突き、一気にサーベト帝国軍の包囲陣を破壊し、ヴェーゼンシュタットを解放するための作戦は、エドゥアルドたちの補給作戦が完了したその3日後には、タウゼント帝国軍の軍議の席で提案されていた。
軍議の席に出席したアリツィア王女からの説明を聞き終えたタウゼント帝国の諸侯たちだったが、ざわざわとざわめき、互いに小声で相談しあってはいるものの、作戦についての具体的な意見を述べてくる者はいなかった。
(やはり、貴族間での駆け引きの方が重要か)
エドゥアルドはうんざりしたような気持で、そんな諸侯たちのことを見ている。
タウゼント帝国軍とオルリック王国軍の総力を結集した、反撃作戦。
その発案者はアリツィア王女だったが、その作戦の詳細を策定したのは、アントンに率いられたノルトハーフェン公国軍の参謀本部だった。
だからその内容についてエドゥアルドはすでによく知っていたし、その作戦が有効なものであるということも理解している。
サーベト帝国軍を撤退へと追い込み、ヴェーゼンシュタットを救援して、民衆を早期に戦火から救うためには、現状では最良の作戦となっていた。
それは、多少軍事知識のある者であれば、誰でも理解することができるはずだった。
作戦計画はアントンの参謀本部が緻密(ちみつ)に策定しているだけではなく、その説明のための資料も、わかりやすいものが用意されている。
それでもタウゼント帝国の諸侯は、「ただちに作戦を実施しよう」とはならない。
次期皇帝の座をめぐった駆け引きが行われているためだ。
他の諸侯は、どう動くのか。
もっと具体的に言えば、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトが、ズィンゲンガルテン公爵・フランツと並び立つ有力な皇帝候補が、どう動くのか。
諸侯は互いの顔色、出方をうかがっていた。
「なるほど、よくできた作戦ではある、が……」
そんな諸侯の思惑を察したのか、最初に口を開いたのは、ベネディクト本人だった。
「この、参謀本部というのは、いったいどんな組織なのだ?
聞いたことがないのだが」
ベネディクトは作戦の内容については評価しつつも、その作戦を策定した参謀本部という組織について疑問を持っているようだった。
「それは、僕の、いえ、我がノルトハーフェン公国軍で、新しく作った組織です。
兵站を始めとする、軍の管理・運営全般を統括しています」
「なに?
兵站に関する組織が、これほどの作戦を作ったのか? 」
アリツィアに目配せをされてエドゥアルドがそう答えると、ベネディクトは少し驚いたような顔でエドゥアルドを見て、それから、クスリ、と軽く嘲笑(ちょうしょう)した。
「補給物資の数を数えるような組織が、これほどの作戦を立てているというのか?
いや、これは、おもしろい! 」
「我が参謀本部の長は、前帝国陸軍大将、アントン・フォン・シュタム殿です」
ベネディクトにごまをするように、小さくクスクスと笑い始める諸侯のことを苦々しく思いつつも、エドゥアルドは努めて冷静な口調でそう説明する。
「なるほど、アントン殿がかかわっておられるのか」
すると、ベネディクトは納得したような顔になってうなずいた。
それにつられたのか、それともアントンの名前にベネディクトと同じように納得したのか、諸侯のクスクス笑う声も消えていく。
(補給と兵站を計画できなければ、作戦も成立させられないのに)
エドゥアルドは内心で、アントンが至ったその結論をまだ諸侯が理解していないのに呆れたが、もちろん、表情には出さない。
余計な敵を作って無駄な労力を費やすことになるのは、避けたかった。
「アントン殿がこの作戦を立てられたというのなら、納得だが……。
しかし、この作戦を実施することには、反対させていただこう」
アントンたち参謀本部が作った資料をあらためて確認していたベネディクトだったが、しばらくして顔をあげると、はっきりとそう言った。
「それは、なぜでしょうか?
ベネディクト公爵の見解を、ぜひおうかがいしたい」
そのベネディクトの言葉に、アリツィア王女がやや気色ばんだように言う。
それに同調して、エドゥアルドとユリウスも深くうなずいて、ベネディクトのことを注視する。
この3人は、今回も連帯していた。
「わざわざ戦わずとも、サーベト帝国軍は間もなく、撤退するのに違いないからだ」
エドゥアルド、アリツィア、ユリウスからの視線を受けても、ベネディクトは動じない。
「間もなく、冬が訪れる。
この辺りの気候は温暖であり、冬はさほど厳しいものとはならないが、それでもサーベト帝国軍の補給事情は悪化するだろう。
そうなれば、サーベト帝国軍は戦わずして撤退するのに違いない。
そうでなくとも、補給不足で弱らせてからの方が、より大きな勝利を得られるだろう。
幸い、アリツィア王女、ユリウス殿、エドゥアルド殿が行った補給作戦が成功したことによって、ヴェ―ゼンシュタットの物資はまだもつだろう。
敵は必ず、自ら撤退しなければならなくなる。
一滴の血を流さずに勝利できるのなら、それに越したことなど、ないはずだろう? 」
ベネディクトの言葉に、すかさず、諸侯の間から賛同する声が上がった。
エドゥアルドは、他の者たちから見えない机の下で、自身の拳を強く握りしめる。
諸侯の、民衆の都合よりも自身の思惑を優先する姿勢が、いい加減エドゥアルドには許せなくなってきていた。
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