第260話:「アリツィア王女の来援」
戦況が急速に不利なものとなりつつも、エドゥアルドは馬上にいるまま、できるだけ悠然とした態度を守っていた。
ここで自分が取り乱してしまえば、兵士たちの動揺につながり、全軍の崩壊のきっかけとなりかねないからだ。
そのエドゥアルドの背後では、アントンとヴィルヘルム、そしてペーターとが、互いに視線をかわし、静かにうなずき合っていた。
最悪の場合には、エドゥアルドだけでも逃がす。
そのことを、3人はエドゥアルドに気づかれないように確認しあっていた。
正面の、イェニチェリとの白兵戦はほとんど互角であったが、ここに側面から騎兵部隊とラクダ砲兵の攻撃が加われば、危なかった。
ミヒャエル大尉らの連絡で他のノルトハーフェン公国軍の歩兵連隊が動けば、サーベト帝国軍のさらに側面を突くことができるが、しかし、それまでの間に守りを崩される恐れもある。
密集隊形を取った歩兵の横隊の側面から砲撃を受けるというのは、もっとも被害を受けやすい形だった。
砲口の前にずらっと兵士が並んでいるようなもので、1発の砲弾が、横隊の左から右へ一直線に抜けて行けば、受ける損害は非常に大きなものとなる。
兵士たちはエドゥアルドの陣頭指揮で戦意を向上させ、果敢に戦ってはいるものの、側面から砲撃を受け、大損害を出してしまえば持ちこたえられないだろう。
ペーターの指示で1個歩兵大隊が側面を守るべく展開しようとしているが、サーベト帝国軍の騎兵部隊の襲撃は速く、展開を終える前に交戦状態に入ってしまっている。
それに加えて、ラクダ砲兵は射撃位置につきつつあった。
だが、その時、戦場に角笛の音色が鳴り響いた。
そしてその直後、喚声(かんせい)があがり、無数の力強い馬蹄の音が聞こえてくる。
「来てくれたか……! 」
エドゥアルドは稜線(りょうせん)の向こうから、背中に天使の羽を背負った重騎兵の集団が、騎槍(ランス)をかまえて一斉に突撃してくる様子を見ると、思わずそう呟いて微笑んでいた。
それは、オルリック王国軍の有翼重騎兵(フサリア)だった。
オルリック王国軍は予備兵力として後方に置かれていたのだが、エドゥアルドたちの危機を見て取って、自発的に動いてくれたようだった。
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有翼重騎兵(フサリア)の突撃は、強烈だった。
エドゥアルドの近衛歩兵連隊に側面から射撃を浴びせるべく移動中だったラクダ砲兵を蹴散らし、サーベト帝国軍の騎兵部隊を後背から襲って敗走させただけではなく、その突撃はイェニチェリにまで達した。
小銃の一斉射撃に対して、騎兵は脆弱だ。
馬に乗っている分被弾面積が大きいというだけではなく、鎧を着こんでいても、銃弾はまず、防ぐことができないからだ。
だが、強力なマスケット銃を装備した相手であろうと、その側面、背後を取ることができれば、騎兵は致命的な一撃を与えることができる。
精度の低いマスケット銃は一斉射撃を行ってこそその威力を最大限に発揮できるし、銃剣はいくつも連ねてこそ、訓練された軍馬を怯えさせ、その突撃の威力を鈍らせることができるからだ。
有翼重騎兵(フサリア)の騎槍(ランス)は、サーベト帝国軍の攻勢を粉砕した。
その突撃を受けたイェニチェリは大混乱へと陥り、ここまで優勢に作戦を進めていたにもかかわらず、敗走せざるを得なかった。
有翼重騎兵(フサリア)が敗走するイェニチェリを追い散らしていく間に、エドゥアルドたちは防衛線を立て直した。
苦戦していたモーント大佐の部隊も、挟撃される危機にあったエドゥアルドの近衛歩兵連隊も隊列を整え、守りやすい形になるように他の部隊とも連携して防衛線の形を整えて再設定し、負傷者を可能な限り収容して後送した。
一時は防衛線を破られかねないような状況だったが、アリツィア王女に率いられた有翼重騎兵(フサリア)の来援により、エドゥアルドたちは救われた。
敵の攻撃を撃退し、ヴェーゼンシュタットへの補給を完了するのに十分な時間を稼ぐことができただけではなく、サーベト帝国軍の精鋭部隊であるイェニチェリに大打撃を与えて敗走させることができたのだ。
「やぁ、エドゥアルド公爵。
良いタイミングで敵の背後を取ることができたから、おかげで、我々も面目躍如といったところだ。
我が父上にも自慢話ができて、とても嬉しい」
やがて、ヴェーゼンシュタットへの補給の援護という使命を忘れることなく、深追いせずに帰還して来た有翼重騎兵(フサリア)の隊列の中から、エドゥアルドの姿を見つけて馬で駆けよって来たアリツィア王女が、面頬をはねあげてからそう言った。
「アリツィア王女。
貴方のおかげで、僕たちもずいぶん、助けられました。
きっと、この感謝はいずれ、なんらかの形で返させていただきます」
満足そうな笑みを浮かべているアリツィア王女に、エドゥアルドは深々と頭を下げていた。
実際、アリツィア王女が良いタイミングで来援してくれなければ、エドゥアルドの近衛歩兵連隊は壊滅させられていたかもしれない。
エドゥアルドは、アリツィアに感謝してもしきれないような気持だった。
しかしそんなエドゥアルドの様子を見たアリツィアは、感謝されて嬉しそうに微笑みつつも、首を左右に振る。
「気にしないでくれ、エドゥアルド公爵。
これも、援軍としての務めだからね。
それと、エドゥアルド公爵。
戦ってみて、いくつかわかったことがあるのだけれど、後でそちらの、アントン殿たち、参謀本部の方々のお力をお借りできないかな? 」
「アントン殿と、参謀本部を? 」
そのアリツィアの言葉に、顔をあげたエドゥアルドは怪訝そうな表情を向けていた。
突然アリツィア王女から名指しされたアントンも、エドゥアルドと同じように怪訝(けげん)そうな顔をしている。
そんな2人の表情を見たアリツィアは、今度は、少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ああ。
サーベト帝国軍の包囲陣に、欠点というか、弱点を見つけたんだ。
今は補給が優先だし、こちらも準備が整っていないからその弱点を突くのはあきらめたのだが、後日、あらためて攻撃作戦をカール11世陛下に提案させていただこうと思ってね。
それで、アントン殿たち、参謀本部のお力をお借りしたいのだ」
敵の包囲陣に、弱点がある。
そう言うアリツィア王女は自信ありげなものだった。
「わかりました。
できるだけ、協力させていただきましょう」
アントンと顔を見合わせ、視線だけでどうするかを相談したのち、アリツィアの方を振り返ったエドゥアルドは、今回の救援の感謝の一環として、アリツィアの申し出を受け入れていた。
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