第259話:「ラクダ砲兵」

 ノルトハーフェン公国軍の軽野戦砲部隊は、前線の隙間をぬって駆け抜け、イェニチェリの側面にまで進出していた。

 その機動力を発揮した彼らは、そこに放列を敷き、エドゥアルドの近衛歩兵連隊を一気に突き崩そうと攻撃を続けているイェニチェリの側面に射撃を浴びせようと、狙いを定める。


 そして、いくつもの砲声が連なって轟き渡った。


 だが、それによって放たれた砲弾は、イェニチェリの側面を攻撃しなかった。


「な、なにっ!? 」


 軽野戦砲の放列が砲弾を放つ瞬間を心待ちにしていたエドゥアルドは、驚きのあまり思わずそう声を漏らしていた。

 エドゥアルドが見ている目の前で、軽野戦砲の放列が敵の放った砲弾によってなぎ倒されていったからだ。


 軽野戦砲の放列を射撃した砲撃は、どこから放たれたものなのか。

 それは、立ち上る硝煙によって知れた。


 軽野戦砲部隊が放列を敷いた、その側面。

 徐々に硝煙が晴れていくと、その砲撃を放った者たちの正体が見えてくる。


 それは、ラクダと呼ばれる獣の背中に、無造作に小口径の大砲の砲身を積載しただけの、奇妙な集団だった。

 そしてその砲口は、地面に伏せさせられたラクダの背中から、軽野戦砲の放列を狙っていた。


(なんだ、あれは!? )


 エドゥアルドは初めて見るその姿に、戸惑う他はない。


 大砲は、発射時に相応に大きな反動を発生させる。

 その反動を受け止めるために頑丈な砲架が必要であり、ノルトハーフェン公国では軽野戦砲部隊を編制するのに当たり、騎馬で軽快に牽引できる軽量さを持ちつつ、十分に反動に耐えられる砲架となる砲車を作るために、かなりの工夫をしなければならなかったのだ。


 しかし、サーベト帝国軍は、そんな難しいことはしなかった。

 ラクダという獣の背中に、小口径化した大砲を無造作に乗せたのだ。


 それは、考えてみれば合理的な選択だった。

 大砲はラクダの背中から発射できる程度にまで小型化する必要はあったが、砲を移動させるためにイチイチ馬と砲車とをつなぎ直すような必要がない。


 ラクダを射撃位置まで走らせ、地面に伏せさせたら、それで発射準備は完了。

 撃ったら、ラクダを立ち上がらせるだけで即座に移動できてしまうのだ


 砲に機動力を持たせるためには、頑丈で軽量な砲車が必要だ。

 エドゥアルドはそんな風に思っていたのに、サーベト帝国軍はそれよりも遥かに単純な、強引とさえ言える方法でそれを解決してしまったのだ。


 もっともこれは、エドゥアルドたち、ノルトハーフェン公国の人々の考え方が固かった、ということを意味しない。

ラクダという生物がサーベト帝国にはおり、ノルトハーフェン公国にはいなかったという違いが原因だ。


(そんなの、アリか……!? )


 だが、エドゥアルドは正直なところ、ズルい、と思ってしまっていた。


 エドゥアルドが半ば驚き、半ば呆気に取られている間にも、戦況は推移している。


 ラクダ砲兵に側面から射撃を受けた軽野戦砲の部隊は、大損害を受けていた。

 砲弾によって4、5門は砲が破壊されてしまっていたし、それらの砲を牽引していた馬までも打ち倒されてしまっていた。


 さらに悪いことに、一度は追い払ったはずのサーベト帝国軍の騎兵部隊が逆襲してきていた。

 後退して隊列を立て直した騎兵部隊は、イェニチェリの側面を取るために大きく前進し、結果として突出する形となってしまっていた軽野戦砲部隊を、絶好の獲物と見定めたようだった。


 軽野戦砲の部隊には護衛に軽歩兵部隊をつけていたはずだったが、しかし、徒歩の軽歩兵部隊は馬に牽引された軽野戦砲部隊の展開に追従できておらず、まだ近くにはいなかった。

 つまり、軽野戦砲部隊は、敵の騎兵に対して全くの無防備だ。

それだけではなく、側面からのラクダ砲兵の一撃で混乱してもいる。


 結果、軽野戦砲の部隊は、生き残っていた砲を放棄して、逃げ出す他はない。


「公爵殿下。

 ただちに、1個大隊を割いて、側面を防御するべきです」


 もう少しで勝てると思っていた状況が一変して自失していたエドゥアルドだったが、アントンのその言葉ですぐに我に返っていた。


「他の連隊にも、救援要請を出されるべきです。

 幸い、他の連隊の戦況は良いようですから、救援を出す余力はありましょう」


 そしてそんなエドゥアルドに、ヴィルヘルムもそう助言をしてくれる。


「アントン殿と、ヴィルヘルム殿のおっしゃる通りだ」


 エドゥアルドはうなずくと、すぐに、ペーターに側面を防御するように伝え、また、ミヒャエル大尉らを伝令として、他のノルトハーフェン公国軍の歩兵連隊に、近衛歩兵連隊の側面を援護するように連絡をさせた。


 そうしている間にも、サーベト帝国軍の攻撃は近衛歩兵連隊へと近づいてきていた。

 正面ではイェニチェリの歩兵部隊との白兵戦も続いている。


 さらに悪いことに、砲撃を終えたラクダ砲兵が、その場で再装填を終え、エドゥアルドたちの側面に新たな放列を敷くために移動を開始していた。


(マズい状況になったな……)


 エドゥアルドは緊張して、愛馬の手綱を握る手に力をこめる。


 もう少しで勝てると思っていた状況が、予想外の敵の出現によってあっさりとくつがえされてしまった。

 戦場の状況の不透明さ、変化の流動性の怖さを、今、エドゥアルドは全身で理解させられていた。


※作者注

 ラクダ砲兵の存在を知った時、熊吉も「そんなのできるんだ」と、だいぶショックでした。

 ラクダさん大丈夫なんかなとか心配になったりもしたんですが、どうやら本当に実在した存在であるようで、今回、読者様も驚いてくれるかなと、登場してもらいました。

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