第253話:「突破補給:4」
エドゥアルドとの握手を終えると、モーント大佐はすぐに居住まいを正し、それからエドゥアルドに向かって申告した。
「ズィンゲンガルテン公国軍の歩兵1個連隊、救援軍をお出迎えするべくはせ参じました。
これより我が連隊は、エドゥアルド公爵の指揮下へと入り、異国人どもを我が国土から追い返す戦いに参加いたしたく存じます」
だが、そのモーントの言葉を聞いて、エドゥアルドは申し訳ない気持になる。
モーントはどうやらこのエドゥアルドたちの攻撃が、待ちに待った、タウゼント帝国軍によるヴェーゼンシュタット解放のための全面攻勢だと、そう考えているらしい。
しかし実際は、ヴェーゼンシュタットに補給物資を届けるための、限定的な攻勢作戦でしかないのだ。
エドゥアルドたちは確かに防衛線を突破してヴェーゼンシュタットへと到達したが、しかし、補給物資を城内に搬入してしまえば、撤退することとなっている。
厳しい籠城戦に耐えてきたことは、モーントの服装の汚れ具合を見れば一目瞭然だ。
きっと、頻繁に衣服を洗濯する手間も余裕もないのだろう。
そんなモーント大佐に真実を伝えることは心苦しくはあったものの、しかし、エドゥアルドはそれを言わなければならなかった。
「モーント大佐。
大変、言いにくいことなのだが……、僕たちは、ヴェーゼンシュタットを解放するために総攻撃を行っているわけではないのだ」
「と、おっしゃいますと? 」
「僕たちの目的は、ヴェーゼンシュタットに食料を始めとする物資を補給することなのだ。
そのため、僕たちがこの場所を確保しているのは一時的なことで、補給馬車がヴェーゼンシュタットへと入城したのちは、速やかに撤退することとなっている。
皇帝陛下は、この、限定的な作戦のみ、ご許可下された。
そのために、タウゼント帝国軍の全軍が動いているわけではなく、その一部が動いているだけに過ぎないのだ」
「左様、で……、ございますか」
エドゥアルドの説明に、モーントはショックを受け、落胆した様子だった。
「だが、モーント大佐。
約束する。
僕たちも、タウゼント帝国も、ズィンゲンガルテン公国を、決して捨て駒になどしない。
その証拠に、補給部隊の長である僕の従兄弟、ノルトハーフェン公爵家の血筋に連なるフェヒター準男爵が、補給実施後、貴官らと共にヴェーゼンシュタットへと籠城する。
根がまっすぐで、情にも厚い男だ。
ヴェーゼンシュタットを解放するまでの間、よくしてやって欲しい」
そんなモーント大佐に、エドゥアルドはそう言って約束する。
今ヴェーゼンシュタットから出撃してきているモーント大佐指揮下の歩兵連隊も、真実を知れば落胆するのに違いない。
そんな兵士たちを鼓舞し、戦えるようにするためには、モーントには今後に希望があるのだと、知らせておかなければならなかった。
「……。
そういうことでしたら、我が主にフェヒター準男爵殿のこと、私(わたくし)からもよろしくなさるように申し上げておきましょう」
エドゥアルドの説明を聞いて、モーント大佐はため息をつき、それで気持ちを切り替えてまた顔をあげていた。
「しかしながら、公爵殿下。
この作戦が限定的な、ヴェーゼンシュタットへの補給が目的のものであるとしましても、補給馬車の隊列が入城するまでは時間がかかりましょう。
どうぞ、その間の防衛に、我が連隊をお使いくださいませ。
補給物資が城内に届けられる間は、なんとしても守って見せます」
「ああ、そうしてもらおう」
その申し出を、エドゥアルドはありがたく受けることとした。
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モーントの1個歩兵連隊も加えたノルトハーフェン公国軍が街道の左右を固める中、フェヒター準男爵に率いられた補給部隊が、馬車を連ねてヴェーゼンシュタットへと駆けこんでいく。
ヴェーゼンシュタットでは、この攻勢が限定的なものでしかないとモーントからの伝令で知らされ、一時大きな落胆が広がりはしたものの、この、フェヒター準男爵たち補給部隊の姿を見ると、人々は大きな歓声をあげて出迎えた。
馬車は数百台もあるから、その隊列はキロメートル単位で連なっている。
それだけの光景を目にすれば、誰でも鼓舞されるはずだった。
まだまだ、苦しい籠城戦が続く。
それでも、自分たちが見捨てられていたわけではなく、希望はあるのだとフェヒターたちの姿を見て知ることができた人々は、また、この戦いの先行きについての希望を抱くことができたようだった。
エドゥアルドたちは補給を実施する間の防衛線と定めて再構築した陣地を守っていたが、一時的に戦いは小康状態となっていた。
まだ砲兵部隊の支援砲撃の砲声は途切れることなく鳴り響き、戦場には濃い硝煙がたなびいていたが、サーベト帝国軍による散発的な攻撃は止み、歩兵同士による戦闘も起きてはいない。
そのおかげで、ノルトハーフェン公国軍は敵の反撃に対処して、若干であれば後退しながらの戦闘もできるほどの縦深をもった防衛線を構築することができている。
(このまま無事に、補給物資の運び込みが終わってくれればいいのだが)
エドゥアルドは、動きを見せないサーベト帝国軍のことを不気味に思いつつも、ぞろぞろと街道を進み、ヴェーゼンシュタットの城門へ飲み込まれていく補給部隊の隊列を、祈るような気持で見つめていた。
「公爵殿下、敵です! 」
だが、そんなエドゥアルドに、サーベト帝国軍が築いていた見張り用の櫓にのぼって敵情を観察していた士官が叫んだ。
どうやらサーベト帝国軍が大人しくなっていたのは、エドゥアルドたちに対し、強力な反撃を実施する準備をしていたからであるようだった。
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