第254話:「サーベト帝国軍の反撃:1」

 エドゥアルドは急いで、占拠したサーベト帝国軍の陣地に作られていた見張り台の上へと駆けのぼった。

 そして左右を見渡すと、そこには、サーベト帝国軍の無数の軍旗がひるがえっている様子を見ることができた。


 その軍旗の下には、異国の衣装を身に着けたサーベト帝国軍の将兵が、整然と隊列を組んでいる。

 剣や槍で武装した兵士もいれば、小銃で武装した兵士もいるし、馬に乗った騎兵も、ラクダという、エドゥアルドのみならず多くのノルトハーフェン公国軍の将兵が初めて目にする獣に騎乗している兵士の姿もある。


 サーベト帝国軍はどうやら、兵力を集め、エドゥアルドたちに対する反撃の準備を整えていたらしい。

 そして十分に兵力が集まり、態勢が整うと、一斉に軍旗をかかげ、攻撃配置にまで前進してきたようだった。


「補給部隊は、あと、どれくらい残っている!? 」


「まだ、半数以上が、入城できておりません! 」


 エドゥアルドが確認すると、すぐに、参謀将校の1人からそんな言葉が返ってくる。


「まだ、半分以上も残っているのか……」


 エドゥアルドは、ほぞを噛んだ。

 補給部隊のヴェーゼンシュタットへの入城が、予定よりも遅れているのだ。


 これは、先にヴェーゼンシュタットへと入城した補給部隊が、そこに籠城していた民衆から熱烈な歓迎を受けているせいだった。

 補給の到着に興奮した人々は補給馬車を歓迎するために通りへと躍り出て、そのために馬車は速度を落として進まざるを得ず、まだ城外に残っている馬車の入城に支障が出てしまっているのだ。


 ズィンゲンガルテン公爵、フランツの命令を受けて籠城軍が交通整理を実施し、馬車の入城を進めているが、それでも予定よりも遅れが生じてしまっている。


 現状では、補給部隊の入城を中断することは難しかった。

 街道にはまだ多くの馬車があって渋滞となっているし、現状では前に進むことも後退することもできない。


 サーベト帝国軍の攻撃が開始されたからといってエドゥアルドたちが撤退してしまえば、まだ入城できていない補給馬車はみな、サーベト帝国軍によって接収されてしまう。

 そうなれば、サーベト帝国軍がヴェーゼンシュタットの包囲を続けられる期間は、さらに長くのびてしまうことだろう。


 それでは、本末転倒だ。

 ヴェーゼンシュタットを助け、籠城できる猶予をのばし、サーベト帝国軍が補給不足に陥って撤退するのを待つというのが、タウゼント帝国軍の方針であるのに、補給物資を奪われては逆効果になってしまう。


 それを避け、最大限ヴェーゼンシュタットに補給を実施するためには、エドゥアルドたちが踏ん張って、サーベト帝国軍の攻撃を撃退する他はなかった。


「伝令、各隊に伝えよ!

 補給が完了するまで、現状の防衛線を維持せよ、とな! 」


 エドゥアルドがあらためてそう命じると、伝令の士官たちが四方へと散っていく。


 そして、その直後。

 サーベト帝国軍による攻撃が、開始された。


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※推奨BGM:ジェッディン・デデン(トルコの軍楽です。聞いたことがある! という読者様も多いのではないでしょうか? )


以下、本編です

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 サーベト帝国軍の軍楽隊が、一斉に、エドゥアルドたちにとっては見慣れない楽器で、耳慣れない音楽を奏で始める。

 それはサーベト帝国軍の将兵を鼓舞し、攻撃開始を告げる号令するためのものであり、エドゥアルドたちを畏怖させるための音色だった。


 そしてその音色に合わせて、サーベト帝国軍の将兵は歌声をあげながら、それぞれの武器をかまえて、ノルトハーフェン公国軍へと足並みをそろえて向かって来る。


 その正確な数は、判別できない。

 しかし、この補給作戦に参加しているタウゼント帝国軍の部隊を圧倒するほどの数はありそうだった。


 異国の軍隊が、異国の音楽を奏で、異国の言葉で歌を歌いながら、ノルトハーフェン公国軍を左右から押しつぶそうと迫ってくる。

 その威圧感に、エドゥアルドは思わずゴクリ、とのどを鳴らして唾を飲み込んでいた。


「公爵殿下!

 高所にいては、狙撃される恐れがあります!


 どうぞ、お下がりくださいませ! 」


 その時、サーベト帝国軍の音楽と喚声(かんせい)に負けないように声を張りあげ、臨時の指揮所で参謀たちに指示を与えていたアントンがエドゥアルドにそう呼びかけた。


「私(わたくし)が、代わりに殿下の目となりましょう」


 そしてエドゥアルドがなにか返事をするより先に、ヴィルヘルムが見張り台の上にのぼってきて、そのいつもの柔和な笑みを浮かべたままエドゥアルドにそう言った。


「貴殿は、こんな時でもそんな顔なのだな」


 そのヴィルヘルムのいつも通り過ぎる姿に、エドゥアルドは思わず苦笑する。


 それからエドゥアルドはできるだけ慌てず、悠然と見張り所から降り、アントンが待つ指揮所へと向かって行った。


(エドゥアルド。

 ゆっくり、ゆっくりと、だ)


 エドゥアルドは自分に向かって、何度も、そう注意する。


 異国の、異文化の軍隊。

 その本格的な反撃を前にして、動揺しているのはきっと、エドゥアルドだけではない。

 この戦場にいるノルトハーフェン公国軍の兵士たちはみな、サーベト帝国軍の威圧感を強く感じ取っているはずだった。


 だからエドゥアルドは、ノルトハーフェン公爵として、兵士たちの前では冷静に、落ち着いていなければならない。

 兵士たちを指揮するはずのエドゥアルドが慌てふためき、右往左往してしまっていては、兵士たちはもう、どうしてよいのかと途方に暮れるしかなくなってしまうからだ。


 そうしてエドゥアルドがなるべく落ち着いた足取りで指揮所のアントンたちと合流したころ。

 交戦距離にまで達したのか、マスケット銃が放たれるいくつもの乾いた銃声が、辺りに響き渡った。

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