第252話:「突破補給:3」
サーベト帝国軍の最初の防衛線は、いともたやすく攻略することができた。
しかし、2つめの防衛線では、サーベト帝国軍はやや頑強に抵抗を示して来た。
奇襲は、時間が経てば経つほど、その効果は限定的なものとなっていく。
最初の防衛線ではサーベト帝国軍の対応が遅れたが、2つめ以降の防衛線では、そこに配置されていた兵士たちはすでに応戦準備を整え、ノルトハーフェン公国軍の攻撃に反撃を見せ始めたのだ。
それでもサーベト帝国軍は、ノルトハーフェン公国軍の攻撃を阻止することができなかった。
ノルトハーフェン公国軍には歩兵部隊の進撃に追従できるように軽量化された火砲である75ミリ山砲が配備されており、最初に攻略した陣地まで進出して支援砲撃を実施した山砲の火力支援によって、サーベト帝国軍の防御は打ち破られていた。
事前の偵察情報によれば、ヴェーゼンシュタットを包囲するサーベト帝国軍の包囲線は、三重に作られている、ということだった。
あと、1つ。
防衛線を突破することができれば、ヴェーゼンシュタットへと補給を実施することができる。
すでにヴェーゼンシュタットの城門は、はっきりと見えるところまで来ている。
ノルトハーフェン公国軍の攻撃に対し、呼応して出撃しようという動きは見られないものの、城壁を守るズィンゲンガルテン公国の将兵はみな、固唾を飲んでノルトハーフェン公国軍のことを見守っている。
(なんとしても、物資を届ける)
食い入るようにこちらのことを見つめているズィンゲンガルテン公国軍の将兵の姿に気がついたエドゥアルドは、そう決意しつつ、サーベト帝国軍の3つ目の防衛線に対して攻撃を開始するように命じた。
早朝に突破作戦は開始されたが、すでに日は高くなり始め、サーベト帝国軍も混乱から立ち直って攻撃に対応し始めている。
陽動に対処するために一度動かされた兵力や、他の防衛線から増援を集めつつあり、両翼からの圧力を強め始めてきていた。
攻撃発起点に配置され、今も砲撃を続けている野戦砲からの支援も、届くのはせいぜい、サーベト帝国軍の第2の防衛線までだった。
第3の防衛線には距離や地形の関係で砲撃が完全に届かず、ノルトハーフェン公国軍は75ミリ山砲16門による火力だけで、この防御陣地を攻略しなければならない。
ズィンゲンガルテン公国軍がこの攻撃に応じて、反撃を実施してくれれば。
そうなれば第3の防衛線も突破できるはずだったが、しかし、ヴェーゼンシュタットの籠城軍に対しての連絡はサーベト帝国軍のために自由に行うことができておらず、ノルトハーフェン公国軍にズィンゲンガルテン公国軍が連携してくれるかどうかは、賭けだった。
だが、その賭けに、エドゥアルドたちは勝った。
事前の連絡がなく、まったく準備をしていなかったためにズィンゲンガルテン公国軍の動きは鈍かったが、ノルトハーフェン公国軍がサーベト帝国軍の第3の防衛線にとりつくころに、ヴェーゼンシュタットの城門が開かれ、ズィンゲンガルテン公国軍が出撃して来たのだ。
こうなると、サーベト帝国軍の防衛線が崩れるのは、早かった。
前後から挟み撃ちにされてしまったのだから、それも当然のことだ。
そうして、攻撃開始から2時間ほどで、エドゥアルドたちはサーベト帝国軍による包囲網に突破口を開くことに成功した。
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ヴェーゼンシュタットへと続く街道が解放され、兵士たちの手で、サーベト帝国軍が設置していたバリケードなどが撤去されていく。
待機していたフェヒター準男爵の下には、ミヒャエル大尉が伝令としてすでに向かっており、今頃は補給馬車の隊列が大急ぎで駆け出している頃合いのはずだった。
エドゥアルドはサーベト帝国軍の3つ目の防衛線だった陣地にまで前進し、そこに仮の指揮所を置いて、ノルトハーフェン公国軍をサーベト帝国軍の逆襲に備えさせていた。
ノルトハーフェン公国軍はヴェーゼンシュタットへと続く街道の左右を守るように展開しており、サーベト帝国軍の陣地も活用して新たな防御陣地を築き、サーベト帝国軍の逆襲を警戒している。
「公爵殿下。
ズィンゲンガルテン公国軍の大佐、フォルカー・フォン・モーント準伯爵がお見えでございます」
伝令から、フェヒターの輸送部隊が出発したことや、ノルトハーフェン公国の各部隊が防御態勢を取ったこと、後方のオストヴィーゼ公国軍も問題なく防御を保っていることなどの報告を受けていたエドゥアルドに、別の伝令が駆けて来てそう申告した。
どうやらモーント大佐というのは、ヴェーゼンシュタットから出撃して来たズィンゲンガルテン公国軍を率いている指揮官であるらしかった。
「会おう」
エドゥアルドがそう言ってうなずくと、すぐに伝令はまた駆けて行き、その、モーント大佐を引き連れて戻って来た。
モーント大佐は、30代の半ばほどに見え、黒髪に黒い瞳を持つ、長身の男性だった。
その服装は、ズィンゲンガルテン公国軍の大佐の軍服だったが、長い籠城戦のためか、やや薄汚れて見える。
しかし、モーント大佐がもつ冷静で寡黙な雰囲気のためか、それでも軍人としての威厳を十分に保っていた。
モーント大佐は伝令の士官に案内されてやってくると、まず、エドゥアルドの姿を見て、少しだけ驚いたような顔をした。
それはどうやら、エドゥアルドの若さに驚いたわけではなく、ノルトハーフェン公爵自らが陣頭で指揮をとっていることに驚いた様子だった。
それからモーント大佐は居住まいを正すと、エドゥアルドに向かって美しく整った敬礼をして見せる。
「ズィンゲンガルテン公国軍大佐、フランツ公爵が臣、フォルカー・フォン・モーント準伯爵でございます。
エドゥアルド公爵、お会いできて光栄に存じます」
「こちらこそ、お会いできてうれしい、モーント大佐」
そんなモーント大佐に向かってエドゥアルドは微笑んで見せると、すっと自然な動作で1歩近づき、そして、モーントに向かって右手を差し出していた。
その仕草にも、モーントは少し驚いた様子だったが、すぐに我に返って、少し慌てたようにエドゥアルドの手を取った。
そうして2人は、固い握手を交わしていた。
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