第251話:「突破補給:2」
エドゥアルドは有翼重騎兵(フサリア)たちが陽動し、サーベト帝国軍が混乱する様子を、じっと静かに守っていた。
そして、陽動に釣られて、敵の部隊が動き出し、エドゥアルドたちの本来の攻撃目標が手薄になる瞬間を待った。
有翼重騎兵(フサリア)の、特徴的な外観。
その存在は、オルリック王国からは遠い異国であるはずのサーベト帝国軍にも広く知られており、その著名な存在である有翼重騎兵(フサリア)による陽動は、効果が大きかった。
重騎兵である有翼重騎兵(フサリア)は、単独で敵陣に対して突撃し、攻撃をしかけるという戦法を、当たり前のように実施する。
単独で突撃しても、それだけの破壊力を発揮できるからこそ、その名が知られているのだ。
そのためにサーベト帝国軍は、有翼重騎兵(フサリア)の攻撃を、本格的な攻撃だと誤認していた。
タウゼント帝国軍が、オルリック王国軍を先鋒として、総攻撃を開始して来た。
そう誤認したサーベト帝国軍は、タウゼント帝国軍の攻勢正面の守りを固めようと、そこに部隊を集め始める。
「公爵殿下。
頃合いでございます」
そのサーベト帝国軍の動きをエドゥアルドと共に見つめていたアントンが、落ち着いた口調でそう進言する。
アントンの言葉に、エドゥアルドは無言でうなずき、腰に下げていたサーベルを引き抜き、高くかかげていた。
「攻撃せよ! 」
そして、エドゥアルドはサーベルを振り下ろし、その切っ先を攻撃目標のサーベト帝国軍の陣地へと向けながら、鋭い声でそう命じていた。
エドゥアルドの号令で、ノルトハーフェン公国軍の両翼に展開した砲兵部隊が、一斉に射撃を開始する。
そしてその砲声が、攻撃開始の合図となっていた。
戦列歩兵というのは通常、その隊列を維持して戦う存在だった。
というのは、隊列を維持し、なるべく銃口の密度を維持して射撃を実施することが、精度の低いマスケット銃で最大限の火力を発揮する方法だった。
隊列を乱さず、整然と射撃することをくり返す。
それが戦列歩兵同士の戦い方だ。
そしてその敵との撃ち合いに耐えかね、隊列が崩れればそれは、戦列歩兵同士の戦いでは敗北を意味していた。
しかしこの時は、ノルトハーフェン公国軍はイレギュラーな方法を取った。
事前にサーベト帝国軍の陣地へと可能な限り接近していたノルトハーフェン公国軍は、戦列歩兵の戦い方の常識を捨て、隊列を乱してでも兵を走らせ、敵陣へと突撃を実施したのだ。
各歩兵大隊に配備された擲弾兵中隊を先頭に、陽動攻撃に対応するために手薄となった敵陣に、ノルトハーフェン公国軍の兵士たちが飛び込んでいく。
サーベト帝国軍の兵士がすべていなくなったわけではなかったから、そこには当然、敵の歩兵がいる。
だが彼らの多くは陽動に気を取られていたうえ、ノルトハーフェン公国軍の砲兵からの一斉射撃によって、混乱を深めていた。
そこへ、マスケット銃での射撃もなしにいきなりノルトハーフェン公国軍が陣地に突っ込んで来るとは思っておらず、完全に虚を突かれた形となっていた。
ノルトハーフェン公国軍の将兵は敵陣へと突入すると、銃剣を振るい、突き刺し、至近から射撃を加え、次々とサーベト帝国軍の兵士を討ち取っていく。
抵抗を試みる敵兵もいたが、この最初の攻撃は、ほとんど一方的にノルトハーフェン公国軍が有利なものとなっていた。
ノルトハーフェン公国軍は、サーベト帝国軍の防御陣地を、ほとんど損害もないままに確保することに成功していた。
しかし、そのさらに後方には、まだまだ突破しなければならないサーベト帝国軍の陣地が待ち構えている。
最初の攻撃は、陽動の効果と、ノルトハーフェン公国軍の奇襲により、簡単に成功させることができた。
だが、これから先の敵陣は、時間が経てばたつほど守りを固めていくから、こんなに簡単に攻略することは難しくなっていく。
できるだけ早く、進撃を続けなければならない。
最初の陣地を攻略したノルトハーフェン公国軍はそこであらためて隊列を整え、各歩兵連隊に配備されていた山砲が奪取されたサーベト帝国軍の陣地に据えつけられるのを待つと、ただちに進撃を再開した。
先鋒の3個歩兵連隊に続き、エドゥアルドとその護衛部隊である、ペーター大佐の近衛歩兵連隊も進撃を開始する。
そしてその後方から、ユリウス公爵に率いられたオストヴィーゼ公国軍も前進を開始し、ノルトハーフェン公国軍の後方と両側面の防備を固めていく。
攻撃発起点に配備されたノルトハーフェン公国軍の砲兵部隊は、その場で支援射撃を続けている。
それは、150ミリの重野戦砲、100ミリの野戦砲は、一度陣地に配置すると容易には動かせないという理由もあったが、ノルトハーフェン公国軍とオストヴィーゼ公国軍の両翼から接近するサーベト帝国軍に対して横合いから砲撃を浴びせ、エドゥアルドたちの進撃を可能な限り容易なものとするためでもあった。
攻撃は、順調に、作戦通りに推移していった。
サーベト帝国軍側の反応も、事前に参謀本部で想定されていた範囲内にとどまっており、サーベト帝国軍の2つ目の防御陣地に対する攻撃も、ノルトハーフェン公国軍に優勢に進んでいる。
そしてその後方では、フェヒター準男爵に率いられる補給部隊が、ヴェーゼンシュタットへの突破口が開かれる瞬間を、今か、今かと、待っている。
集められた数百台の馬車に積めるだけの食料を積み込み、走り出すその瞬間に備えて待機している。
それだけの食料を補給できたとしても、ヴェーゼンシュタットには大勢の民衆を含めた籠城軍がおり、延命できる期間は決して長くはない。
しかしこの補給部隊は、ヴェーゼンシュタットに籠もる人々にとって今、もっとも欠けている、希望をもたらすはずだった。
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