第250話:「突破補給:1」

 ヴェーゼンシュタットへの補給作戦は、準備が整い次第、ただちに開始されることとなった。


 まだもうしばらくは、ヴェーゼンシュタットも持ちこたえることができる。

 しかし、そこに籠城している将兵、そして民衆の、戦意の低下が深刻だった。


 すぐ近くにまで、タウゼント帝国軍が救援に駆けつけて来てくれている。

 しかしその味方の軍隊は、なにもせずに傍観(ぼうかん)するばかりで、一向にヴェーゼンシュタットの救援を実行しようとはしてくれない。


 自分たちは、捨て駒にされようとしているのではないか。

 強大なサーベト帝国軍に対する盾とされ、見捨てられるのではないか。


 ヴェーゼンシュタットの籠城軍では、そんな認識が広がりを見せ、そしてその、味方に見捨てられたのではないかという不信は、強い失望感を生み出しつつあった。


 大勢の避難民を受け入れた結果、ヴェーゼンシュタットでは食料の配給を制限せざるを得なかったし、なにより、人々の居住スペースが限られ、そこでの籠城はなかなか、身体的にも精神的にもこたえるものとなっていた。

 それだけではなく、長期間の包囲によってヴェーゼンシュタットでは、人間が生きている限り必ず発生してしまう汚物などを適切に処理することができず、不衛生な状態になりつつある。


 このままでは、食料がつきるよりも早く、ヴェーゼンシュタットは陥落してしまうかもしれない。

 そんな危機感から、エドゥアルドたちは補給作戦の実施を急いだ。


 そして、すべての準備が整った、その翌日の早朝。

 天明を待って、エドゥアルドたちは突破補給を開始した。


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 天明とは、夜明けの内の、わずかな時間を示す言葉だ。

 まだ暗さを色濃く残す黎明よりも、ほんの少しだけ後の、明るさを増しつつある時。

 空は徐々に黒から青へと変わっていき、視界が開け、これから訪れる一日の始まりをはっきりと予感させる。


 それは、野戦砲の照準に必要な視界が、1日の内で初めて確保される瞬間でもあった。


 ヴェーゼンシュタットへの補給作戦の決行を前に、この作戦を実行するノルトハーフェン公国軍、オストヴィーゼ公国軍、オルリック王国軍は、ノルトハーフェン公国軍の参謀本部が立案した作戦計画に従って布陣を完了していた。


 事前の偵察活動の結果決められた砲撃目標に向けて、放列がしかれている。

 作戦に参加する将兵は、すでに戦闘準備を整え、隊列も組んで、攻撃開始の命令を、固唾を飲んで待っている。


 サーベト帝国軍はまだ、半分、眠っているような状況だった。


 彼らは無能というわけではない。

 タウゼント帝国軍が奇襲をしかけて来ることを十分に警戒し、見張りも数多く立てているし、夜間でも交代で活動する部隊がおり、攻撃に即応できる態勢がとられていた。


 しかし、軍の大半は、眠りこけている。

 多くの兵士たちがテントの中にいて、まだ朝食の準備も始めていないような状態だ。


 それに、日ものぼらないような早朝の一瞬は、タウゼント帝国からの攻撃を警戒していたはずの部隊も、気が緩む瞬間だった。


 事前の偵察活動により、サーベト帝国軍ではこのすぐ後の時間帯に、臨戦態勢で警戒につく部隊の交代が行われることがわかっている。


 交代制とはいえ、本来であれば眠っているはずの時間、起きていた警戒部隊は、交代の時間を心待ちにし、そして、無事に夜を越えられたと思って、交代を前にしたこの時間は、安心している。

 タウゼント帝国軍がこれまでなんの攻撃もしてこなかったこともあり、サーベト帝国軍は油断しているはずだった。


 朝の空気は冷たく、ヒリヒリとするようだ。

 その朝の冷涼さの中で、サーベト帝国軍の兵士たちは寒そうに身体を振るわせたり、焚火にあたりながら談笑していたりする。


 そんな、静かで穏やかな朝の空気を、陽動作戦を実行するオルリック王国軍とオストヴィーゼ公国軍の放列から発せられた轟音が、引き裂いた。


 数十門の大砲が、次々と砲声を発し、眠りこけているサーベト帝国軍の野営を放たれた砲撃が直撃する。

 その突然の攻撃に、サーベト帝国軍の陣営ではたちどころに混乱が広がり、着の身着のままテントから飛び出して来た将兵が右往左往する光景を見て取れた。


 そこへ、喚声(かんせい)をあげ、アリツィア王女が自ら率いるオルリック王国軍の有翼重騎兵(フサリア)と、オストヴィーゼ公国軍から分派された騎兵部隊が突撃を開始する。


 その任務は陽動ではあったが、一切、手抜きはなかった。

 もし手抜きなどすれば、その攻撃が手抜きであると、一瞬で見抜かれてしまうからだ。


 有翼重騎兵(フサリア)は重装備の騎兵たちだったが、この陽動時には、軽装で突進していった。

 というのは、その長大な騎槍(ランス)で突き崩すべき戦列などどこにもなかったし、陽動のために敵中に突入し、敵を混乱させ、かつ、無事に撤退するためには、軽装な方が有利だからだ。


 代わりに、有翼重騎兵(フサリア)たちは火のついた松明を手にしていた。

 見晴らしのいい丘の上に配置された砲兵隊からの支援を受けながら突進した騎兵たちはサーベト帝国軍の野営に突入すると散会し、そして、手に持った松明の火を使って手あたり次第、サーベト帝国軍の野営地に放火していく。


 そうして混乱を拡大するのと同時に、消火などのためにサーベト帝国軍の兵力を割かせ、状況の把握を困難にさせようという狙いだった。


 サーベト帝国軍の野営地で次々と火災広がり、右往左往して逃げまどう兵士たちの姿が増えていく。

 そしてその混乱は、徐々に、攻撃を受けていないサーベト帝国軍の部隊にも広がっている様子だった。

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