第249話:「参謀本部の初仕事」

 ヴェーゼンシュタットへの補給作戦の準備は、ノルトハーフェン公国が主導して進めていた。

 元々、エドゥアルドが補給作戦を実施すべきと言い出した、というのもあったが、ノルトハーフェン公国は今回の戦役に、アントン・フォン・シュタム参謀総長をリーダーとする参謀将校たちを引き連れてきており、他のどんな諸侯の軍隊よりも、作戦立案能力に長けていたからだ。


 アントンを参謀総長として、複数の参謀将校がノルトハーフェン公国軍に従軍している。

 アントンを慕って帝国陸軍から移籍して来た将校や、ノルトハーフェン公国の将校で参謀教育を受け、参謀本部に属するようになった者たちなどだ。


 その参謀たちの仕事は、地図を作製したり、計算をしたり、なかなか地味だ。

 しかしどれも作戦を計画する上で必要不可欠な工程であり、そういった地味な作業を十分に実施できる力量を持った者たちを抱えているために、ノルトハーフェン公国軍が立案したヴェーゼンシュタットへの補給作戦は、短期間で精密に出来上がっていた。


「なるほど、よく、できている」


「いえ、まったく。

 アリツィア王女のおっしゃる通りです」


 ノルトハーフェン公国の参謀本部が作成した作戦計画は、1度説明しただけで、打ち合わせのために集まったアリツィア王女とユリウス公爵を感心させるほどだった。


 まず、地図がある。

 ズィンゲンガルテン公国から救援要請のために脱出して来た将校や、現地で可能な限り行って来た測量に基づく等高線と、統一された地図記号による、現時点で入手し得る中でもっとも正確な地図だ。


 そしてその地図には、偵察情報に基づく、サーベト帝国軍の配置状況や陣地の様子などが、可能な限り詳細に描き込まれていた。

 特に、大砲などの配置は強調して描かれており、偵察によって把握できただけすべて、地図上に表記されている。


 その地図を使って、アントンが作戦の説明を行った。

 ノルトハーフェン公国軍、オストヴィーゼ公国軍、オルリック王国軍をあらわす駒をそれぞれ用意し、作戦の段階順に、地図の上で動かしていく。


 まず、サーベト帝国軍に対して、オルリック王国軍の有翼重騎兵(フサリア)と、オストヴィーゼ公国軍から抽出された騎兵部隊が、陽動攻撃を実施する。

 また、この陽動には、両軍の砲兵部隊が支援を行う。


 そうして陽動を行ってから、ヴェーゼンシュタットへの最短経路を突っ切れる街道沿いに、ノルトハーフェン公国軍が突破を試みる。


 当然、サーベト帝国軍の防衛線を突破するのには相応の被害が予想されたが、その役割はノルトハーフェン公国軍にしかできないことだった。

 ノルトハーフェン公国軍はタウゼント帝国軍の中でももっとも強力で、かつ機動性の付加された砲兵部隊を保有しており、その砲兵火力がなければサーベト帝国軍の陣地は突破できないからだ。


 攻撃には、ノルトハーフェン公国軍の全軍が投入される。

 そしてノルトハーフェン公国軍が形成した突破口には、オストヴィーゼ公国軍が続き、ヴェーゼンシュタットへと突進を続けるノルトハーフェン公国軍の両翼を防御する。


 ノルトハーフェン公国軍がヴェーゼンシュタットまで到達すれば、できあがった突破口を、ノルトハーフェン公国軍の騎兵部隊に護衛されたフェヒター準男爵の指揮する補給部隊が突進し、ヴェーゼンシュタットへと入城する、という手はずだ。


 オルリック王国軍の歩兵部隊、陽動を終えた有翼重騎兵(フサリア)などの騎兵部隊は、サーベト帝国軍側の反撃に備える予備兵力として待機することとなる。


 予備兵力の割合がやや大きくはあったが、後詰め決戦を狙ってタウゼント帝国軍の攻撃を待ちかまえているサーベト帝国軍の反撃は激しいと予想されるから、対応するにはそれだけの兵力が必要だろうという考えだった。


 アントンの参謀本部が立案した作戦は、その作戦に対し、サーベト帝国軍がどのように動くのかも詳細にシミュレートされたうえで作られていた。

 そしてその緻密(ちみつ)な計算は、すべて、帝国諸侯がその都合によって日和見を続ける中、アントンたち参謀将校たちが、地道に偵察活動を続けて獲得した情報に基づいて行われていた。


「なにか、ご指摘等はありますでしょうか? 」


 作戦の説明を受け終わり、感心しきった様子でテーブルの上に広げられた地図を見おろしているアリツィア王女とユリウス公爵、そしてその配下の将校たちに向かってアントンがそうたずねてみても、反応はない。

 どうやら特に質問したいことも、指摘したいこともない様子だった。


 その様子を見て、アントンはほっとしたような顔になる。

 作戦を説明する間、アントンは真剣な、険しい表情を浮かべていたのだが、どうやら作戦について異論や反対意見はなく、その有効性が認められ、そのまま受け入れてもらえそうな様子に、安心した様子だった。


 参謀本部の、初仕事。

 それは十分に満足できるものとなっていた。


「いや、本当に、大したものだと思う」


 地図を見ながら感心しきりのようすで何度もうなずいていたアリツィア王女はそう言って顔をあげると、エドゥアルドの方を見て、次いでアントンの方を見つめる。


「アントン将軍の噂は、私の国でも聞いたことはありましたが……。


 これほどのお方だったとは」


「すべて、公爵殿下のおかげでございます。


 公爵殿下が、このようなことをできる組織を、お作りになられたからです」


 しかし、アントンは謙虚(けんきょ)にそう言って首を左右に振る。


 確かに、参謀本部を作り、アントンを始めする参謀たちが、こういった精密な作戦計画を立てるのに専念できるような組織を作るように指示したのは、エドゥアルドだった。


 だが、参謀本部の構想自体はアントンが持ち込んできたものだったし、その組織を機能するように整えたのは、アントンの功績だった。

 アントンがいなければ、そもそも、エドゥアルドは参謀本部という形で新しい組織を作ろうなどとは考えもなかっただろう。


「異論やご指摘がないようなら、この作戦計画を基本に、ヴェーゼンシュタットへの補給作戦を実行させていただこうと思う」


 アントンの功績については必ず、報いなければならない。

 そう考えつつイスから立ち上がって、その場に集まった人々の顔を見渡しながらエドゥアルドがそう言うと、アリツィア王女もユリウス公爵も、その部下の将校たちもみな、真剣な表情でうなずいてみせた。


 いかに作戦計画がよくできていようとも、それだけで勝利が約束されるわけではない。

 不測の事態というのはどんな時にでも起こり得るものだったし、作戦を実行する側がしくじれば、どんな作戦も成功するはずがないからだ。


 ヴェーゼンシュタットの人々を、救う。

 そのために、この作戦を成功させる。


 自然と、誰の顔にも決意と緊張感が浮かび出てきていた。

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