第248話:「志願」

 ヴェーゼンシュタットへの補給作戦の準備に、エドゥアルドたちは追われている。

 実際にどのように部隊を動かしてサーベト帝国の包囲網を突破するかはもちろんだが、食料の輸送に必要な人員や馬車の手配など、やるべきことは数多い。


「エドゥアルド公爵。


 オレに、ヴェーゼンシュタットへの補給を実行する部隊の長を命じて欲しい」


 フェヒター準男爵が突然そう言って、エドゥアルドに向かって頭を下げてきたのは、ノルトハーフェン公国の将校たちを集めて作戦会議を行っている席でのことだった。


 ヨーゼフ・ツー・フェヒター準男爵。

 かつてエドゥアルドと激しく対立したものの、現在では和解し、エドゥアルドにとっての唯一の血縁者として働いている。


 今回の出征にも当然、メイドのアンネ・シュティと共に、従軍してきていた。


「ヨーゼフ。


 これは……、危険な任務となるはずだ」


 フェヒターの様子から、彼が本心から補給部隊の指揮官として志願しているのだということはわかったものの、エドゥアルドはすぐにはその許可を出さなかった。


「補給経路を切り開くための攻撃に参加する部隊とは違って、ヴェーゼンシュタットまで補給物資を運ぶ補給部隊は、片道だ。

 補給が成功しても、そのままヴェーゼンシュタットから脱出できずに、籠城軍に加わることになる。


 ましてや、補給物資を運びながら、敵中を突破するのだ。

 そもそも、その突破を実現できるかさえ、確実なことは言えない。


 補給部隊は、ヘタをすればヴェーゼンシュタットにたどり着く前に……、全滅するかもしれない」


 補給部隊は、決死隊だった。

 もちろん、エドゥアルドは補給を成功させるためにできる限りサーベト帝国軍を攻撃し、大きな突破口を開くつもりだったが、しかし、補給部隊は重量があって動きが鈍い馬車をいくつも連ねて進んでいかなければならず、サーベト帝国軍が反撃に転じて来れば確実に捕捉されることとなる。


 それだけではなく、補給部隊はヴェーゼンシュタットにたどり着いたらそのまま籠城軍に加わるから、いつ終わるとも知れない包囲下に自ら留まることになる。

 もしヴェーゼンシュタットが陥落するようなことにでもなれば、とても、無事では済まないだろう。


 エドゥアルドに負けるつもりなどまったくなかったが、しかし、補給部隊への参加は、大きなリスクのあることだった。


「だからこそ、だ」


 しかし、フェヒターは顔をあげると、そう言って断言する。


「多くの将兵に決死の戦いを強いる以上、我々貴族だけが安全なところにいては、兵士たちの戦意は振るわない。


 そして、危険を冒す適任者がいるとすれば、このオレだ」


「しかし、フェヒター準男爵は、ノルトハーフェン公爵家に連なるお方。

 万が一のことがあっては、お家の安泰に支障が出ましょう。


 小官が行った方が、よろしいのではないでしょうか?

 小官も、ノルトハーフェン公国の貴族の家の出身でございますし、兵士たちも納得するかと思われます」


 その時、ミヒャエル・フォン・オルドナンツ大尉が挙手してそう申し出てきたが、フェヒターは彼の方をちらりと見て、それから首を振って見せる。


「いいや、やはり、オレが行くべきだ。


 オレは、ミヒャエル大尉の言うとおり、ノルトハーフェン公爵家の血を引いている。

 そして、公爵家の血を引いている者が陣頭に立ってこそ、兵士たちも奮い立つはずだ。


 だが、エドゥアルド公爵には、これからもノルトハーフェン公爵として、国家を治めていく義務がある。

 その点、オレは自由で、最悪の事態になっても影響は少なくて済む。


それに、ヴェーゼンシュタットの籠城軍は、なかなかこちらが救援しないから、大きく士気を削がれてしまっている。

 補給が届いて一時的に士気が回復したとしても、やがてその戦意もしぼんで、帝国は本当に自分たちを救援してくれるのかと、疑心暗鬼になるだろう。


 その時に、ノルトハーフェン公爵家の血を引いているオレがいれば、決してヴェーゼンシュタットが見捨てられることはないという、なによりの証拠になる。


 だからこそ、オレが行く必要があるんだ」


 フェヒターの言葉はまっすぐで迷いがないから、説得力があった。


 兵士たちだけに危険を冒させて、自分は安穏としている。

 それはエドゥアルドも嫌悪するところであり、フェヒターが言うように、決死の補給部隊を指揮する者には誰か貴族が加わるべきだというのは、強く同意できることだ。


 そしてノルトハーフェン公国軍に参陣している貴族たちの中で、フェヒターが適任者であるというのも、認めざるを得ない事実であるようだった。


 エドゥアルドに万一があればその時点でノルトハーフェン公国軍は崩壊してしまうかもしれないし、いずれにしろ補給部隊はヴェーゼンシュタットへの片道切符なのだから、エドゥアルドが自ら出向くという選択はできない。

 他の貴族でも役割を果たせるはずではあったが、ヴェーゼンシュタットの籠城軍の戦意を維持するという点も考えると、やはり、ノルトハーフェン公爵家の血を引いているフェヒターがもっとも適任だった。


 血のつながり。

 それは、貴族中心の社会においては、もっとも強いつながりであるからだ。


 エドゥアルドはちらり、と、会議の席に出すお茶の準備を手伝いに来ているフェヒターのメイド、アンネ・シュティの方へ視線を向ける。


 アンネは、複雑そうな表情をしている。


 フェヒターはかつて、エドゥアルドから公爵位を簒奪(さんだつ)しようと目論んだ、大罪人だ。

 しかしエドゥアルドは、まったく人望がないと思っていたフェヒターにも、意外にもアンネという忠義なメイドがいることを知って、その忠義に報いるためもあってフェヒターを許したという経緯がある。


 フェヒターもアンネも、エドゥアルドから受けた恩義に報いようという気持ちを持っていた。

 そしてアンネは、今が一番、エドゥアルドの恩着に報いることができる機会なのだと、頭では理解している様子だった。


 だが、やはり、不安なのだ。

補給部隊にフェヒターが参加すれば、生還できる保証などないのだ。


 しかしアンネは、エドゥアルドの視線に気づくと、小さく、だがはっきりとうなずいてみせる。


 その表情には、フェヒターの申し出に対する驚きの気配はなかった。

 どうやらフェヒターは、アンネに事前に補給部隊に志願することを告げてから、この場にやってきているようだった。


 フェヒターは、危険を十分に理解して、志願している。


「わかった、フェヒター。


 補給部隊の指揮、貴殿にお任せする」


 そのことを理解したエドゥアルドは、そう言ってフェヒターに近づくと、固く握手を交わしていた。

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