第246話:「民衆を味方に」
ヴェーゼンシュタットへの補給作戦は、サーベト帝国軍による包囲網を突破して行われる、難易度の高い作戦だった。
なにより、その作戦に用いることができる兵力は、ノルトハーフェン公国軍、オストヴィーゼ公国軍、オルリック王国軍などの、5万あまりでしかない。
どうせ攻撃をしかけるのであれば一気にサーベト帝国軍を撃破してヴェーゼンシュタットの包囲網を解除したいところだったが、これだけの兵力ではそこまでのことはできそうにない。
サーベト帝国軍には、剣や槍で武装した、旧式の兵装しか持たない部隊も数多くある。
それでも、銃で武装した部隊や、火砲を装備した部隊もあり、ヴェーゼンシュタットを包囲するために野戦築城をして防御を固めているため、5万あまりの兵力では一気に20万のサーベト帝国軍を撃破できないのだ。
タウゼント帝国軍の全軍と合わせて、攻撃できていたら。
ヴェーゼンシュタットの籠城軍とも、連携することができていたら。
決して、サーベト帝国軍を撃破することは不可能ではないはずだ。
そう思うと、この限定的な補給作戦はエドゥアルドたちにとって不本意なものではあったが、帝国諸侯がベネディクト公爵の意向を尊重してエドゥアルドたちに同調してくれない以上、我慢するしかない。
「公爵と言っても、ままならぬものだな……」
ノルトハーフェン公国軍の陣営へと帰還し、アントンと参謀将校たち、公国軍の主要な将校を集めて、作戦の立案とその実施の準備を開始するように命じた後、エドゥアルドは公爵のイスに腰かけながら、そう呟いてため息を漏らしていた。
タウゼント帝国軍の軍議で補給作戦の実施が決まったのは良かったが、結局はそのことも、ベネディクト公爵の思惑の内に取り込まれてしまっている。
ノルトハーフェン公爵。
それはタウゼント帝国でも5本の指に入る権力者であるはずだったが、なかなか、エドゥアルドの思ったようにことは運んでいかない。
公爵としての実権を得る前は、公爵になってからこんな苦悩をしなければならなくなるとは、思ってもみなかった。
「公爵殿下。
今は、しっかりと、ズィンゲンガルテン公国の民衆をお味方につけることです」
だが、不満そうな様子のエドゥアルドに、側にひかえていたヴィルヘルムはいつもの柔和な笑みを浮かべながらそう言っていた。
「貴族だけが、この世界を支配する力を持つ。
そうではないのだと、殿下はすでにご理解されており、ノルトハーフェン公国において改革を実行なされました。
貴族がもつ特権も権力も、民衆が従って初めて、意味をなすものでございましょう?
ここで公爵殿下がズィンゲンガルテン公国の民衆のために戦うのならば、きっと、ズィンゲンガルテン公国の民衆は、公爵殿下のことを支持するようになるでしょう。
ベネディクト公爵でもなく、フランツ公爵でもなく、エドゥアルド公爵の存在こそ、民衆は頼みと思うことでございましょう。
以前にも申し上げたかと思いますが、公爵殿下は今回の戦いで、貴族よりも民衆の支持を得るようになさるべきでございます。
そうすればいずれ、貴族たちも、殿下のお言葉を軽視できぬようになるはずでございます」
ヴィルヘルムはどうやら、エドゥアルドをなぐさめるためにそんなことを言っているわけではないらしい。
本気で、エドゥアルドに民衆を味方にするように言っている。
「……なぁ、ヴィルヘルム。
僕の、ノルトハーフェンの民衆を味方にせよ、というのなら、わかる。
しかし、ズィンゲンガルテン公国の民衆を味方にせよ、というのは、どういうつもりなのだ?
たとえ今回のことでズィンゲンガルテン公国の民衆が僕に感謝して好意を抱いてくれるのだとしても、結局は、他国の民。
僕のために働いてくれるわけでは、ないじゃないか」
「いいえ、公爵殿下。
私(わたくし)が申し上げております、殿下がお味方にするべき民衆とは、ズィンゲンガルテン公国の民衆だけのことではございません。
タウゼント帝国、そのすべての民衆のことでございます。
ズィンゲンガルテン公国の民衆を殿下のお味方とすることは、その一環でしかございません」
そのヴィルヘルムの言葉に、エドゥアルドは思わず、吹き出し、笑いだしてしまっていた。
「ぶっ、あっはっは!
ヴィルヘルム、貴殿はまるで、僕を皇帝にしようとでも考えているようじゃないか! 」
エドゥアルドは、ノルトハーフェン公爵だ。
そしてノルトハーフェン公爵には、皇帝選挙での被選挙権が与えられる。
現在の皇帝、カール11世は、すでに老人だ。
だからいずれ、次の皇帝を決めなければならない時は来る。
その時、エドゥアルドも皇帝の候補となるだろう。
しかし今のところは、自分が皇帝になるとは、エドゥアルドは思っていなかった。
軍議の席で諸侯が顔色をうかがっているのは、ベネディクト公爵、あるいは、フランツ公爵だ。
こんな状態で、エドゥアルドが皇帝になるとは、とても思えない。
次の、その次、はあり得るかもしれないが、それは遠い未来のことだと、そう、エドゥアルドは思っていた。
「いけませんか?
公爵殿下」
しかしエドゥアルドは、そのヴィルヘルムの言葉に、面食らって押し黙っていた。
エドゥアルドのことを見つめている、ヴィルヘルムの視線。
彼はいつもと変わらない柔和な笑みを浮かべてはいたものの、その視線は、本気でエドゥアルドを皇帝にしようと考えているように、真剣なものだったのだ。
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