第245話:「補給作戦」

 エドゥアルドは軍議を開いて欲しいという自身の要望が通らないことも覚悟していたが、皇帝、カール11世はエドゥアルドの意見を容れ、諸侯を集めて軍議を開催した。

 エドゥアルドの要望が、ユリウス公爵とアリツィア王女の助力を得ていたというだけではなく、「期待している」と言った通り、皇帝自身もエドゥアルドのことを高く評価しているからだった。


 全面的な攻勢ではなく、限定的な作戦でいい。

 ノルトハーフェン公国軍、オストヴィーゼ公国軍、オルリック王国軍だけが参加する形で、他の諸侯は傍観しているだけでもいい。


「私(わたくし)は、できるだけ近いうちに限定的な攻撃を実行し、サーベト帝国軍の包囲に穴をあけ、ヴェーゼンシュタットへの補給を実施するべきであると考えます」


 今回の軍議がエドゥアルドの提案によるものであること、そしてヴェーゼンシュタットが窮乏(きゅうぼう)しているという状況をあらためて説明し、補給作戦についての概要を説明したエドゥアルドは、そう断言して締めくくり、諸侯の反応を待った。


 諸侯の反応は、やはり、鈍いものだ。

 ノルトハーフェン公国と関係のある諸侯を中心に、エドゥアルドに賛同するような声もあがったが、それは明らかに少数派。

 多くの諸侯は悩ましそうな表情で沈黙し、他の諸侯の顔色をうかがったり、「若造が、調子に乗って」とでも言いたそうに、不愉快そうな顔をしたりしている。


 今回の軍議がエドゥアルドの主導によるものだと知った時には、あからさまに不満そうな様子を見せる諸侯もいたし、好意的な反応は少ないだろうとその時点でエドゥアルドにははっきりとわかってはいた。


(民衆が、飢えに直面しつつあるというのだぞ!


 為政者である僕ら貴族が、なにもしないというのか!? )


 エドゥアルドはそんなふうに、居並ぶ貴族たちを怒鳴りつけてやりたかった。


 だが、ぐっと、拳を強く握ってこらえる。

 そんなことをすれば、ただでさえエドゥアルドに対して否定的な感情をいだいている諸侯が多いというのに、さらにその心象を悪化させてしまうからだ。


 エドゥアルドはノルトハーフェン公爵として、着実に成果をあげている。

 国内では経済を活性化させたり行政を効率化させたり、法整備を行って公平な統治を行ったり。

 国外では、多くの諸侯と友好関係を築き、経済協力を取りつけてノルトハーフェン公国の貿易を発展させ、アルエット共和国との戦いでは、敗北の中で功績と呼べる戦果を得ている。


 エドゥアルドは、実績をあげている。

 しかし、その実績こそ、多くの諸侯の反発をまねくきっかけとなってしまっている。


 議会制度の導入など、エドゥアルドの政策には、帝国の貴族社会を揺るがすような、貴族たちにとって危険な、受け入れがたいものもある。


 そしてなにより、諸侯の反発を招いているのは、エドゥアルドの若さだった。


 まだ10代の半ばという年齢で公爵位を引き継ぎ、多くの成果をあげている。

 その事実は妬みの対象ともなっていたし、諸侯の中に、エドゥアルドに警戒する気持ちも呼び起こしていた。


 このままエドゥアルドが功績をあげ続ければ、必然的に、タウゼント帝国の中で強い影響力を持つようになる。

 発展を遂げたノルトハーフェン公国の国力は諸侯を大きく突き放すだろうし、エドゥアルドがあげた功績を前にしては、どんな貴族も、皇帝でさえ、エドゥアルドの意向を無視できなくなるだろう。


 自分の子供と変わらないような、若造に。

 多くの諸侯は頭を下げ、その機嫌をうかがわなければならなくなるのだ。


 貴族というのは、プライドの高い人々だった。

 だからこそ余計に、エドゥアルドがどれほどその能力を示そうと、素直にエドゥアルドのことを認めようとはしてくれない。


(賛同が得られずとも、かまわない。

 どうせ、最初から僕たちだけでやるつもりだったのだ)


 エドゥアルドは自分の若さが恨めしかったが、しかし、どんなに諸侯が反発していようと、引き下がるつもりはなかった。


 エドゥアルドがよき公爵となって、ノルトハーフェン公国で富国強兵政策を推し進めている理由。

 それは、自身が統治する民衆を守り、豊かにすることこそ、生まれもって統治者となるように定められていた自分の、義務、存在意義だと思っているからだ。


 そして、エドゥアルドにとっての民衆は、ノルトハーフェン公国の外側にもいる。


「ヴェーゼンシュタットへの、補給。


 確かに、エドゥアルド公爵のおっしゃる通り、実現する必要があるように、私(わたくし)にも思われますな」


 意外な人物から補給作戦に賛同する声があがったのは、エドゥアルドが再び、強い口調で補給作戦の実施を主張しようとした時だった。


 エドゥアルドは、驚きながらヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトの方を振り返る。


「ヴェーゼンシュタットで深刻な食糧不足に陥っているというのは、事実。

 そしてどうやら、サーベト帝国の補給はまだ、しばらくはもつ様子。


 ならば、ここでヴェーゼンシュタットに補給を実施し、さらなる長期戦に備えるべきでありましょう」


 だが、その言葉でエドゥアルドは、ベネディクトが唐突に民衆を救済するという視点を開眼したわけではないことを知った。


 ベネディクトは、長期戦に持ち込んでズィンゲンガルテン公国を衰弱させるという思惑を、今も抱き続けている。

 そしてそのためにヴェーゼンシュタットに補給を実施し、さらに長期間にわたって対陣を続けることができるように仕向けようとしているのだ。


 結局、弱い民衆は、道具のように貴族たちに運命をもてあそばれるしかない。


 その事実にエドゥアルドは憤りを覚えたが、しかし、実際のところ、ベネディクトの賛同意見は、エドゥアルドにとっても渡りに船だった。


 なぜなら、そのベネディクトの意見表明によって諸侯の間に補給作戦を実現するべきだという声が広がり、エドゥアルドの望んだとおり、ヴェーゼンシュタットへの補給作戦が実行されることが決まったからだ。

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