第241話:「お近づき:1」

(聡明なお方なのだな)


 まだアリツィアとは会って間もなかったが、これまでの会話からだけでも、彼女が豊富な知識と良質な思考力を有し、若者らしい柔軟な考え方も持ち合わせていることがわかる。

 エドゥアルドは素直に、アリツィアの見識の高さに感心させられていた。


「ん……、これは、すごくおいしいね」


 それに、コーヒーの好みも合うようだ。

 コーヒーを口へと運んだアリツィアは、表情をほころばせ、ふわりとした幸せそうな笑みを浮かべている。


 王女とはいっても、やはり、エドゥアルドとさほど変わらない、10代半ばの少女なのだ。

 アリツィアの笑みからは、そんな少女の無邪気さというか、まだ幼さの残る部分も見て取れる。


「気に入っていただけたようで、なによりです」


 コーヒーの味をほめられたエドゥアルドは、まるで我がことのように嬉しそうにそう言っていた。


 アリツィアとのお茶会の準備を整えたのは、ルーシェだった。

 そしてコーヒーの味がほめられたということはルーシェの成長ぶりがエドゥアルドから見ただけではなく、アリツィアから見ても明らかだということであり、エドゥアルドはそのことが嬉しかったのだ。


 当のルーシェはと言うと、アリツィアにほめられた時に、こそばゆいように体をもぞもぞとさせはしたものの、黙ったまま、すました様子で立っている。

 アリツィアとの初対面の時に失礼を働いてしまったから、そのことを教訓とし、公爵家のメイドらしい態度を保とうとしているのだろう。


「それにしても、珍しいね?


 女の私が言うのもなんだけれど、戦場に、こんなにかわいらしい女の子を連れてきているなんて」


 幸せそうにコーヒーの味を楽しんでいたアリツィアだったが、ふと、ルーシェの方へ視線をやって、そんなことを言う。


「か、かわっ……!? 」


 容姿のことをかわいらしいとほめられたルーシェは、嬉しさのあまり思わず身じろぎしたが、かろうじて平静を保って姿勢をただし、「コホン」と、小さく咳払いして見せる。


「いえ、ルーシェはこれで、ずいぶんと役に立ってくれているんです」


 そんなルーシェの、公爵家のメイドとしてのすました態度を保ちきれない様子に苦笑しながら、エドゥアルドは少し誇らしげに言う。


「普段から僕の身の回りのことを手伝ってもらっているのですが、なにしろ一生懸命で、熱心に働いてくれています。

 それだけでも十分にありがたいのですが、この通り、なかなか、コーヒーをいれるのが上手でして。


 僕としては、とても助かっています。


 それに、メイドといっても、立派に戦場で役に立ってくれるのです。


 もちろん、武器を取って戦うわけではありません。

 彼女たちは、いざ戦闘が始まれば、負傷兵たちの治療を行う、衛生部隊としての仕事があります。


 昨年、僕はアルエット共和国での戦役に参加したのですが、その際にルーシェたちは、多くの兵士の命を救ってくれました。


 その際に、衛生部隊がいるのといないのとでは、兵士たちの士気にも大きな違いがあるということもわかったのです。

 意外かもしれませんが、兵士たちは自分の命を貴重なものとして大切にしてもらえる方が、かえって勇敢になれるのです。


 それに、僕としても、自分の兵士たちのことですから。

 勇敢に戦った兵士には、できるだけ生きて、祖国に帰って欲しいのです。


 僕の身の回りのことも、兵士たちのことも、いつもルーシェには本当に助けてもらっています。

 どこだろうと、もう、近くに居てもらわないと困ってしまうほどです」


 エドゥアルドのその言葉には、少しの迷いもない。

 本心からそう思っているし、常日頃からルーシェには自己評価が低い傾向がみられるから、この際、はっきりとどれだけルーシェが役に立っているのかを教えておこうと考えたからだ。


「ふ、ふしゅ~……」


 その時、エドゥアルドの背後で、まるで空気が抜けるようなルーシェの声が聞こえて来て、どさっ、っと、なにかが地面の上に崩れ落ちる音がする。


「るっ、ルーシェ!? 」


 エドゥアルドが驚いて振り返ると、ルーシェが倒れていた。


 エドゥアルドは、急病かと思って慌てて立ち上がり、ルーシェに駆けよる。


「お、おい、ルーシェ! しっかりしろ! 」

「はっ、はぅぅ、エドゥアルドさまぁ……」


 そしてエドゥアルドがルーシェを抱き起すと、ルーシェの顔は耳まで真っ赤になっていて、瞳の焦点は定まらず、ぐるぐるとうず巻いているように見えるほどだった。


「どうした!? どこか具合でも悪いのか!? 」

「い、いえっ、そのっ、そういうわけでは、なくて……、ですね?

 ルー、別に、どこか悪いとか、そういうわけでは、なくてですね? 」


 とても普通の状態には見えない。

 エドゥアルドがやはり急病かと思って真剣に心配すると、しかし、ルーシェはふるふると首を左右に振って見せる。


「ただ、その、ですね?


 ルー、ちょっと、幸せ過ぎて、ですね……?


 ぁぅう~……」


 顔から湯気が立ち上ってくるのではないかと思うほど赤面したままのルーシェは、エドゥアルドに抱きかかえられていることが恥ずかしそうに視線をそらしながら、少しもじもじとしながら、小さな小さな声でそう言う。


「……?


 どういう、ことだ? 」


 ルーシェはまだくらくらしている様子だったが、意識はあるようだったし、ひとまずは急病ではないということらしい。


 そのことにエドゥアルドは少しほっとしていたが、しかし、彼女の言っていることが理解できず、怪訝そうな顔をしてしまう。


「ぷっ!


 あっはははははははっ!! 」


 その時、耐え切れないという様子でそう笑い声をあげたのは、アリツィアだった。

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